表現は似ているのですが、その意味するところはまったく異なる言葉があります。その代表的なものに"水をさす"と"掉さす"があります。辞書を引くと"水をさす"は「うまく進行している事などに脇から邪魔をする」ことであり、"掉さす"は「調子を合わせてうまく立ち回る」ことだとあります。つまり、「時代の流れに水をさす」と言えば、時代の流れを留める、あるいは逆行する、というような意味ですし、「時代の流れに掉さす」といえば、時代の流れに従う、あるいは一層早めるということになります。
会計のこれまでの変遷を眺めてみると、"水をさす"会計から"掉さす"会計に変わってきており、IFRS(国際会計基準)導入が広がっている状況を見ても、その傾向は一層強まっていくように思われます。
メガバンクの人員削減報道にあるように、銀行業界は苦しい状況にあります。しかし、考えてみれば、銀行の苦境は今に始まったことではありません。バブル崩壊に伴う不良債権の増大もかなりの衝撃でしたが、そうしたことを乗り越えて、現在に至っています。それでは、今回も従来と同様に問題を解決できるのでしょうか。
ところが、今回はそうは簡単ではないと思います。というのは、今回の危機はこれまでとその本質が異なるからです。従来の銀行問題は主として不良債権でした。つまり、貸借対照表(B/S)の資産の劣化が問題でした。ところが、今、問われているのは損益計算書(P/L)の利ザヤだからです。
2017年9月15日付日経新聞に「コミットメントラインの利用が急増している」という記事が掲載されました。
コミットメントラインとは企業が銀行と結ぶ融資契約枠のことです。コミットメントライン契約を結ぶと、あらかじめ契約した融資期間と融資金額の範囲内で、企業から要請があると、銀行は融資をしなければなりません。コミットメントラインの特色は、銀行は実際の融資がなくても、融資契約枠そのものに対して、手数料を取るところにあります。無論、融資を行えば、その融資金額に対して、利息を取ります。考えようによっては、企業は融資枠と融資金額の両方にコストが発生しますから、単純な融資に比べて割高になるように思われます。なのに、どうしてコミットメントライン契約が伸びているのか、会計的に考えてみましょう。
決算書を受け取ったときに、まずどこに着目するのかは、受け取る人の経験に対応して身についた癖があるようです。私は銀行での融資業務を出発点として社会人生活を始めたので、良きにつけ悪しきにつけ、融資を行う銀行員特有の決算書の見方が染みついているように思います。
銀行の企業文化も昔とはだいぶ変わってきたようで、最近の銀行は決算書から前向きの融資の種をどのように発掘するかという視点が重視されているようです。しかし、私が働いている頃の銀行では、融資担当者が最も恐れるのは融資先の貸倒であり、そのため、決算書を受け取ったときに、真っ先に着目するのは倒産しない会社かどうかを見極めることでした。いわば、「倒産に対する耐久力」にすぐ目が行ってしまうのです。ですから、分析の中心は損益計算書より貸借対照表となり、さらにその中でも流動性と自己資本比率の二つに注目することになります。
長い間、株価は実体経済の好不調を測る分かりやすいバロメーターとされてきました。そのため、時の政府は株価対策に力を入れてきました。
株価が高いということは、企業業績がよく、そこに働く人々の賃金は上昇し、企業が納める法人税や個人が納付する所得税等の税収も増え、その結果としてGDP(国内総生産)も増大する、というのがこれまでの一般的感覚でした。しかし、最近はやや様相を異にしてきているように見えます。
政権交代以後株価は上昇に転じ、昨年度も日経平均株価は2,151円上昇しました(2016年3月31日終値16,758円、2017年3月31日終値18,909円)が、労働者の実質賃金はほとんど上昇しません。また、2017年6月30日付日本経済新聞の報道によれば2016年度税収は所得税と消費税、法人税の基幹3税の税収がそろって前年度を下回ったと報じています。
この株価と実体経済の乖離原因には様々な要因が考えられます。よく言われるのは、日銀や年金資産などが株式を購入することによる需給要因からの分析ですが、ここでは会計、税務的側面からの株価と実体経済の乖離原因を考えてみたいと思います。
商工中金は不正融資を行っていたことで、監督官庁から業務改善命令を受けました。これから調査が進み、全容が解明されることが期待されますが、報道によれば組織的な疑いが濃いようですから、商工中金にとってはかなり深刻な事態が予想されます。問題になっている不正融資は、災害などで一時的に業績が悪化した企業に融資したり、利払い費を支援したりする「危機対応融資」に際し、決算書の売上高や利益を危機対応融資に該当するように恣意的に引き下げ、融資を行っていたものです。
私は決算書の正確性を何よりも重んじるべき銀行員が決算書の改竄に手を染めたことに驚くと同時に、これはこれからの銀行融資に思ったより打撃を与えるのではないかという思いを持ちました。
今回の事件を、一般の銀行ではありえない、政府系金融機関である商工中金特有のものとだとする見方もあります。ただ、商工中金は中小企業専門金融機関としてそれなりに評価を受けている金融機関であることを考慮すれば、この事件を特異な組織の特殊な犯罪だと片付けてしまうのは事件を矮小化しすぎているのではないかと思っています。そこで本稿ではやや間口を広げて、「銀行員と決算書」という視点でこの事件を捉えなおしてみたいと思います。
経営計画は将来のために作成することはいうまでもありませんが、会計(現在の決算書)にも重大な影響を与えるようになってきていることに注意しなければなりません。
経営計画は自社の経営資源や実力を十分に踏まえた上で作成します。過去の実績と懸け離れた経営計画は絵に描いた餅です。その意味で現時点での決算書をベースに経営計画を作るという、過去から未来への道筋は分かりやすいのですが、近年注目されているのは経営計画から決算書という未来から過去に時間が逆流する道筋です。なぜなら、将来の収益力の見込みが、決算書の数値を決定する会計項目が増えてきたからです。その代表が税効果会計と減損会計です。