最近、ビジネスにおける儲け方を説明する際に、「スマイルカーブ」という言葉を使うのをよく見かけます。人間は笑うと、口の両端が上がります。その笑った時の口の姿がスマイルカーブ(下図)です。左から右に時間は流れ、底から線までの高さが利益率を表しています。
キャプチャ.png
アップルは儲かる上流と下流に資源集中
スマイルカーブとは元々は電子機械産業で使われていた言葉です。電子機械産業では、上流は商品開発や部品製造、中流は加工・組み立て、下流はメンテナンスとアフターサービスに分けられます。利益率が高いのは、上流と下流であり、儲からないのは中流の加工・組み立てです。加工・組み立てはかつてのアナログの時代であれば、各社の創意工夫次第で大きな利益をあげることが可能でした。しかし、デジタル時代になると、極端にいえば誰でも同じ物を同じように作ることができるので、儲けることが難しい事業になっています。したがって、儲けるためのポイントは企画部門の上流と最終顧客に密着した下流にあるというのがスマイルカーブのいわんとするところです。
最近は、このスマイルカーブ理論を発展させ、全産業にあてはまるように使われています。上流は企画、中流は製造、下流は販売になります。利益率の高いのは上流と下流で、中流では余り利益をあげることはできません。下流を単なる小売と考えると、利益率が高いと断言することにやや躊躇しますが、ここでの下流は単に他から買ってきたありきたりの商品を陳列して販売するものではなく、自ら企画した商品を自ら販売するアップルやユニクロのように顧客をがっちりつかんでいるビジネスを思い浮かべてください。
スマイルカーブの考え方を使うと、現在の時価総額世界一のアップルがなぜ儲かるのかがよくわかります。アップルは中流としての製造は台湾や中国の企業に任せます。儲からない中流は捨て、儲かる上流と下流に資源を集中しているのです。儲けるためには上流では優れた企画力が、下流では抜群のブランド力がなければなりません。アップルは会社の全精力を注ぎこみ、並外れた企画力とブランド力を育て上げているから、比類のない利益をあげているのです。
上流と下流は資源効率が高い
スマイルカーブ理論を会計的な資産効率の側面から見ると次のようにいうことができます。中流の製造事業はどうしても機械などの固定資産や、材料などのたな卸資産を持たなければなりません。しかし、上流と下流はやり方次第で資産を持たずに商売ができます。上流の企画力の資源は人間の頭ですから、貸借対照表上の資産は不要です。下流も強力なブランド力があれば、在庫を持つことなく製品を売り切ることが可能です。事実、アップルの製品は発売と同時に瞬時に売り切れてしまうものが大部分です。抜群の企画力とブランド力は貸借対照表の資産を極小化しながら、利益を極大化できるのです。
企画力とブランド力は一体です。上流の企画力がなければ下流のブランド力も生まれません。アップルは抜群の企画力で卓抜したブランド力を形成し、それをベースにして資産を効率的に利用しながら高い利益をあげる、優れたビジネスモデルを持っているのです。
衣料品で言えば、ユニクロも同様なビジネスモデルを持っています。ユニクロは製造段階も持っており、上流、中流、下流すべてに関わっているところがアップルとは違いますが、上流の企画力に基づいた強力なブランド力が強さの源泉であるところはアップルと同様です。
消化仕入から自社企画商品に
ひるがえって、バブル崩壊以後不振から抜け出せない日本の百貨店をスマイルカーブから見てみましょう。百貨店は言うまでもなく下流に位置しています。百貨店を支えていたのはブランド力ですが、そのブランド力が大きく揺らいでいることが百貨店業界低迷の原因です。
日本の百貨店は「消化仕入」といわれる独特のビジネスモデルを持っています。消化仕入とは以下のような商売です。百貨店の店頭に並んでいる商品は百貨店の所有物ではなく、百貨店に出店しているアパレルメーカーのものです。商品が顧客に売れたときに、その商品はアパレルメーカーから百貨店に売り上げが立ち、それと同時に百貨店は顧客に売り上げます。つまり、在庫リスクを持つのは百貨店ではなくアパレルメーカーなのです。在庫を持たずに売り上げを立てられるのですから、消化仕入は在庫リスクを排除できる優れたビジネスモデルだといえます。ただ、このビジネスモデルが成立するには百貨店のブランド力が高いことが必要です。アパレルメーカーは百貨店に店を出しておけば、高い値段で顧客が買ってくれると思うから、消化仕入を受け入れているのです。しかし、百貨店のブランド力が落ちれば、このビジネスモデルは成り立ちません。
ここでアップルやユニクロと百貨店のブランド力を比較してみます。アップルやユニクロのブランド力は上流の企画力に基づいています。しかし、百貨店のブランド力は立地条件とか老舗といった、下流にだけ依存したものです。近年の傾向は、上流から切り離されたブランド力では顧客にアピール力を持たないようです。アップルやユニクロのように、上流の企画段階から鍛えられた商品そのものに内在するブランド力でなければ通用しません。
そこで出てきたのが、伊勢丹の自主企画商品の拡大です。「百貨店のユニクロ化」といってもいいのかもしれません。これは百貨店が下流だけで商売するのではなく、リスクをとって上流にも進出しようとするものだと考えられます。百貨店の低迷を打破するきっかけになるのかどうか注目すべき動きです。