2013年6月2日付の日本経済新聞に「上場企業で実質無借金企業の割合が5割を超える」との報道がなされました。実質無借金とは、現預金と短期保有目的の有価証券を合計した手元資金が長短借入金などの有利子負債を超えている状態のことをいいます。
手元資金の増加は貸借対照表の借方である資産における状況です。一方、貸借対照表の貸方は、負債は増えていないのですから、自己資本が増加しているはずです。つまり、自己資本比率が上昇し、現預金が過度に積み上がっているのが日本企業の現状です。この新聞記事は上場企業だけの調査ですが、成熟経済に入り収益性の高い投資機会が減少すればこうした傾向は強まりますから、非上場企業でも状況は変わりません。
実質無借金は企業目標の一つ
実質無借金であれば、貸借対照表上に借入金や社債などの有利子負債が残っていても、いざとなればいつでも手元資金で有利子負債を完済することができます。倒産は多くの場合資金繰りに詰まることが原因ですから、実質無借金である限り、倒産の危険性は大幅に軽減できます。その意味で、実質無借金は企業の一つの目標であることは間違いありません。しかし、自己資本比率が高く、実質無借金であることが企業にとって本当に望ましい状態なのかと問われれば、そうとはいえないのが悩ましいところです。ただ、上場企業と非上場企業では置かれた状況が以下のように異なります。
上場企業はROEの上昇を迫られる
不特定の常に変動する株主を抱える上場企業は、株価、すなわち株主価値の向上を不断に求められます。株主価値を表す代表的指標は、利益を自己資本で割ったROE(自己資本利益率)です。上場企業ではROEが高いことが何より重要です。自己資本比率が高く実質無借金だと、現預金はほとんど収益を生みませんから、ROEが下がってしまいます。ROEを上昇させるために第一に考えるべきことは、現預金を固定資産やM&Aなどの収益性の高い資産に投資し、ROEの分子である利益を引き上げることです。現預金を振り向けるべき投資機会がないとすれば、次善の策として分母である自己資本を削減するために、配当や自社株買いをして株主に還元するように迫られます。どちらにしても、上場企業では株主からのプレッシャーによって収益性の低い現預金をそのまま放置しておくことはできません。
非上場企業は事業承継の時に困る
ところが、非上場企業では事情が異なります。非上場企業の株主は経営者一族で確定しているのが普通です。そこでは上場企業のように株主価値の向上をあからさまに求められることはありません。会社外部からの圧力としてあるのは、債権者(主として銀行)からのものです。債権者は元本の返済が第一ですから、元本の返済能力が高まる現預金の増加と自己資本比率の向上は望ましいことであり、現預金を収益性の高い資産に振り向けることを第一義的に求めることはありません。そのため、成長が止まり、利益蓄積が進む非上場企業では、現預金の使い方を特段に意識しないケースがあります。
資本蓄積が進み現預金が積み上がることは、誉められこそすれ非難されることではなく、日常は平穏に過ぎていきます。しかし、それではすまない場面が出てきます。それは事業承継の時です。現預金の多い自己資本比率の高い会社は株価が高く、事業承継が難しくなります。場合によっては多額の税金を納めなければならない事態を招来します。税金納付のため、あるいは無理な節税策のために会社本来の活力を失ってしまうこともあるので、注意しなければなりません。
キャッシュリッチの非上場企業は、上場企業のように現預金の使い方について株主から常にプレッシャーを受けることはありません。それだからこそ、経営者自身が成長機会を求め、真剣に現預金の使用方法を考えなければならないのです。