「のれん」は会社買収の際、買収先の自己資本より高い価格で買ったときに貸借対照表の資産に発生する勘定科目です。こののれんを定期償却するかどうかは近年の会計上の大きなテーマの一つです。
定期償却をするかしないか
のれんは日本の会計基準では20年以内の適正な期間で定期償却をしなければなりませんが、IFRS(国際会計基準)や米国会計基準では定期償却はせず、のれんの実質的価値が大きく減少した時、減損処理をすることとしています。資産の償却は損益計算書の費用として出てきますから、償却をすれば利益は減少します。そのため、定期償却を義務付ける日本基準はM&Aを大規模に行う会社にとって不利だ、との意見が経済界には強いようです。
償却をしようがしまいが、会計上だけの話でキャッシュフローには関係ないのですが、会計上の利益が異なれば、株価にも影響するでしょうから、経営者にとって償却の有無は大きな関心事です。ただ、私は定期償却をすることが経営者にとって必ずしも不利だとは思いません。設例で比較してみましょう。
当面の利益
貸借対照表
のれん 200 負債合計 600
その他資産 800 純資産(自己資本)400
資産合計 1,000 負債・純資産合計 1,000
のれん償却期間は5年とします。したがって各年ののれん償却額40になります。すると、損益計算書上の最終利益は次のようになります。
損益計算書の利益
のれん償却をしない場合の利益 100
のれん償却をする場合の利益 60
IFRSや米国会計基準などのようにのれんを償却しない場合の利益は100であるのに対し、のれんを償却する日本基準の利益は60となり、のれんを償却すると利益は減ります。これだけ見れば、確かにのれんを償却しない方が利益は増えますから、有利なように思えます。
5年後の貸借対照表
では、利益水準は変わらないものとして、のれん償却期間の5年経過後の貸借対照表を見てみましょう。貸借対照表は毎年次のように変化すると想定します。
・(A)のれん償却をしない場合:のれん償却前の利益100が、その他資産と純資産それぞれで増えます。
・(B)のれん償却をした場合:のれん償却前の利益100が、その他資産で増え、純資産は償却後の利益60増え、のれんは40減少します。
(A)のれん償却をしない場合の貸借対照表(5年後)
のれん 200 負債合計 600
その他資産 1,300 純資産(自己資本)900
資産合計 1,500 負債・純資産合計 1,500
(B)のれん償却をした場合の貸借対照表(5年後)
のれん 0 負債合計 600
その他資産 1,300 純資産(自己資本)700
資産合計 1,300 負債・純資産合計 1,300
(B)では、のれんは償却済みですから、損益計算書の利益は(A)も(B)も100で変わりはありません。さて、どちらの決算書が望ましいでしょうか。
自己資本比率は償却をしない(A)の方が上回りますが、ROE(自己資本利益率)もROA(総資産利益率)も(B)の償却をした方が上回ります。(B)は(A)に比べて、少ない資産で効率的に利益を上げていると評価されます。資産のスリム化が求められる現代において、会計処理により、無理なく資産を軽くできるのはのれん償却の何よりのメリットです。また、のれんが存在する(A)とは違い、(B)では収益力がなくなった場合の減損リスクから解放されるのも大きな安心感につながります。
先憂後楽
結局、のれんを償却するかどうかは、楽しさをいつ享受するのかの違いと言えます。のれんを償却しなければ、当面の利益は増えますが、将来のリスクを抱えます。逆に、償却すれば、目前の利益は減りますが、将来リスクから解放されます。
いわば、食事をするとき、好きなものから食べるか、嫌いなものから食べるかの違いです。私は嫌いなものから先に食べ、美味しいものは後に残しておきたい方なので、経営者であったら、のれんは定期償却してくれた方がありがたいと思うタイプです。