1980年代のバブルの頃までは、企業業績が好調で株価が上昇すれば、世間一般の景気が良くなり、庶民の懐も潤うという分かりやすい好循環があったように思います。しかし、近年は、アベノミクス効果により企業業績が回復し株価もかなり上昇してきたのに、実質賃金も実質GDPもその割には伸びず、(株式をさほど所有していない)庶民レベルの景況感は株価上昇ほどは改善していません。それはなぜなのでしょう。その要因を会計的側面から考えてみましょう。
連結業績で動く株価
株価と景気実態の乖離の一つの要因に連結決算があるのではないかと思います。昔は決算といえば親会社の単体決算が主体でしたが、企業のグローバル化の進展を受け、2000年代に入り連結主体の決算に移行しました。株価も単体決算ではなく、連結決算を見て動くようになりました。
単体決算主体の時代は、企業業績の向上が株価の上昇と国内景気の好調を招き、それにつれ庶民の懐も豊かになるという状況でした。しかし、連結決算になると海外子会社の業績が決算に反映しますので、話はそう簡単ではなくなります。
円安効果の2つのルート
日本の大手上場企業は輸出産業が主力ですから、円安になるほど企業業績はよくなります。円安の連結業績に与える影響には国内親会社を通じるものと海外子会社を通じる2つのルートがあります。分かりやすいのは、円安に伴い交易条件が改善し、輸出が増加するというものです。輸出の増加は国内にある親会社の売上と利益の増加をもたらしますから、国内景気の上昇に貢献します。これは国内の実態景気改善を伴いますから、庶民レベルの景況感も向上します。
実はもう一つ、国内の景気実態の改善を伴わない、連結会計に特有の円安による企業業績改善効果があります。それは、海外子会社業績の円換算効果です。海外通貨で表示されている子会社決算を円に換算し、連結に組み込まなければなりませんが、その換算は円安になるほど有利になります。たとえば、売上が100ドル、利益が10ドルの米国子会社があったとします。1ドル100円だと、日本の親会社の連結に組み入れるとき売上は10,000円、利益は1,000円となりますが、円安が進み1ドル120円になると売上は12,000円、利益は1,200円で連結決算に組み込まれますから、連結業績はよくなります。その結果、株価は高くなりますが、国内の実態経済は変わらないので、国内労働者の賃金が増えることはありません。
円安による企業業績の改善が、国内親会社の輸出の増加によるものなのか、あるいは、海外子会社業績の円換算効果によるものなのかは、正確な統計的データがないので、分かりませんが、円安になっても日本全体の貿易収支は思ったほど改善されていないということが言われていますので、円安換算効果が意外と大きいのではないかと推察されます。
消費者サイドに立つと
円安は企業レベル(特に輸出企業)では上記のようなプラス効果をもたらしますが、消費者サイドに立つと、輸入商品価格の上昇がマイナス要因として作用します。そうしたことを考え合わせると、高株価が庶民レベルの景況感の改善につながらないのも頷けます。
昔なら、円安になれば、企業業績の好調とそれに伴う株価上昇で、庶民の暮らしも豊かになるとストレートに考えることができました。しかし、最近では円安に伴う株価の上昇がそのまま国民生活の豊かさを保証するものとはいえなくなっています。当局の経済政策は難しい局面を迎えています。