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「サンクコストと経営責任」

2016/12/01

 小池百合子東京都知事の誕生で、豊洲への市場移転問題がにわかに騒がしくなってきました。これを政治的に読み解くのは、とても私の手に余りますが、投資の意思決定の問題として会計、ファイナンス論の見地から考えるのは経営的に意味のあることだと思います。

サンクコスト

豊洲移転派は次のように主張します。豊洲には既に都民の税金である5900億円の資金が投入され、建物はほとんど完成している。もし、移転しないとしたら、この5900億円が完全に無駄になってしまうから、予定通り移転すべきだ、と。
これはファイナンス論で言えば、典型的なサンクコストの議論です。サンクコスト(埋没費用)とは既に投下されてしまった費用で、投資の意思決定には関係のないものです。なぜなら、この5900億円は既に支出されてしまったおカネであり、豊洲に移転しようが移転しまいが、取り返すことができないおカネであることに変わりはありません。投資の意思決定で考えるべきは、過去ではなくこれからのキャッシュフローです。

"感情"ではなく"勘定
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市場移転がどのように決着するか現段階では見通せませんが、仮に代替案として豊洲以外の新市場建設と現築地市場の改修があるとして考えてみましょう。問われるべきはこれらの3案についてこれからのキャッシュフローの大小です。
確かに新市場建設や、築地市場の改修では新規の設備投資が必要となり、設備投資金額は膨大になるのに対し、豊洲では建物がほぼ完成し、建築投資だけに限定すれば、追加負担はわずかで済むでしょう。しかし、現在の議論は建築投資だけにあるのではなく、食の安全性にまで及んでいます。安全性の真偽のほどはわかりませんが、本当に豊洲の安全性に問題があるとすれば、安全性を確保するために相当な追加投資が必要になるかもしれません。あるいは、安全性に疑念があるということで、利用者が減ってしまえば、収入が落ちてしまう危険性もあります。そうしたことすべてを含めて、豊洲移転、豊洲以外の新市場建設、築地改修などについてのこれからのコストパフォーマンスを考慮し、判断しなければなりません。
企業の投資意思決定における収支構造は経済的問題だけですからもっと単純ですが、今回の市場移転は経済性に加え、科学的安全性や補償をはじめとした政治的要素も含めなければならないため、とても複雑です。ただ、どちらにしても過去に投下した5900億円はサンクコストとして意思決定に関係しないことは明白です。
使ってしまった5900億円が「もったいない」という"感情"は理解できるのですが、投資意思決定の経済"勘定"には入れてはいけません。

減価償却か減損か

5900億円は支出済みですから、キャッシュフローとしては決着済みです。しかし、会計的には未処理です。今度は、この5900億円を会計処理を考えてみましょう。
企業会計であれば5900億円は現在建設中の投資として「建設仮勘定」に計上されているはずです。もし、豊洲にこのまま移転するとすれば、建設仮勘定の5900億円は「有形固定資産勘定」に移され、その後は設備の耐用年数にわたって「減価償却費」として費用処理されていきます。これが普通の場合の有形固定資産の経費処理になります。
一方、豊洲移転ができないとすれば、その時点で資産価値を失うことになり、建設仮勘定の5900億円を有形固定資産に振り替え、減価償却費として分割して費用処理することはできません。この場合は5900億円全額を「減損損失」として特別損失で一括して経費処理することになります。

経営責任

このような会計的処理は不可避的に経営責任の問題に結びつきます。5900億円を何十年かにわたり分割して処理するのとは違い、5900億円が一度で損失になるのですから、その意思決定をした経営責任を問わざるを得ないのです。サンクコストは投資の意思決定には無関係ですが、経営責任の問題に直結するから解決が難しいのです。
報道を見ている限り、小池知事はサンクコストの問題は完全に吹っ切れているように見えます。その背景には、たとえ減損損失として計上されても、自分の責任問題にならないことが一つの要因としてあるのではないかと思われます。もし過去の投資の意思決定をしていた人がそのまま都知事を継続していたら、5900億円が責任問題に直結する減損損失に浮上するのを嫌がるに違いありません。
そうしたことを考えると、政治だけでなくビジネスにおいても問題を一から再検討できるという点において、経営トップが交代するのは意味のあることだと思われます。

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