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「役員報酬決定における『縦の公平性』と『横の公平性』」

2019/01/07

 経済誌は日産のゴーン前会長の記事でもちきりです。昨日まで日産の業績をV字回復させた救世主としてもてはやされていただけに、そのカリスマ経営者が一夜にして被告人に転落するのですから、世間の注目を浴びるのも無理もありません。
 個人的には、正式な組織決定を経ていない、キャッシュの支払いを退職後に持ち越された金額の不記載が、直接の逮捕容疑である有価証券報告書の虚偽記載に該当するのかということに疑念を持っています。また、財務諸表に与える影響としては、はるかに大きかった東芝の2000億円にものぼる粉飾事件には動かなかった東京地検が、今回やけに積極的なのも、均衡を失しているような気がしてなりません。
 報道によれば、この事件の裏には日産とルノーの主導権争いなど、表にできない闇の部分が多くあり、その全貌が分かるにはかなりの時間がかかりそうです。あるいは、最後まで真相は分からないのかもしれません。
 この事件からくみ取るべき教訓は多々あり、意見の相違もかなりあると思います。ただ、ゴーン氏の役員報酬は相当高額であり、それもほぼ独断で決めていたらしいことから、役員報酬の決定方法にもっと透明化が必要であるということについては、現段階でもほぼコンセンサスは得られているように思います。しかし、役員報酬の透明化がなされたところで、一般社員の不満感は解消しそうにありません。

株主の代理人か社員の最終形か
 会社の経営者には二つの顔があります。一つは株主から委託を受けて、株主の利益を実現するために会社を経営する株主の代理人としての立場であり、もう一つは社員の延長線上に存在する社員のあがり(最終形)としての立場です。
 アメリカなど海外の大企業の経営者は社外の経営専門家の中から選ばれることが多く、ゴーン氏もこの類型に入ります。彼らは株主から経営を任せられているのだからということで、株主利益最大化を目的に経営します。
 専門経営者にとっては株主価値が第一であり、株主価値を最も端的に表現するのは株価ですから、株価にほぼ連動する形で報酬が決められることに違和感はありません。だから、社員の給与水準とまったく懸け離れた高額報酬でも平然と受け取ることができます。また、社員に余剰があれば、雇用削減に躊躇しません。その際、ゴーン氏がかつての瀕死の日産を再建した時のように、社員をリストラして株価が上昇すれば、経営者は自分の収入を増やすことができると考えます。逆にいえば、そういう人だからこそ、ドラスティックなリストラ策を実行できるともいえるのですが。
 一方、日本では、徐々に専門経営者が増えてきたとはいえ、内部社員から経営者が選ばれるのが普通です。彼らは一般社員の代表として、株主利益より社員の待遇の方が気になるのは自然の成り行きです。

「縦の公平性」より「横の公平性」
 役員報酬の決定には、ある種の公平感が必要となりますが、その公平感には二種類あります。一つは、株価や業績を評価基準にして他の同業他社の経営者との比較を行う、いわば「横の公平性」であり、もう一つが、同じ会社の一般社員との比較による「縦の公平性」です。
 これまで、日本では「縦の公平性」を重視してきましたが、経営報酬の透明化はもっぱら「横の公平性」を基軸としたものとならざるをえません。一方、経済成長の鈍化で、全体のパイは変わりませんから、「横の公平性」を重視すればするほど、「縦の公平性」は失われていきます。その結果、経営層と従業員との給与格差は拡大していくでしょう。
 一般社員の給与と関係なく、経営者報酬だけが右肩上がりになるのは社会にとって決して望ましいことだとは思いません。高所得者には使い切れない資金が残る一方、低所得者の窮乏化は進み、社会の分断は加速し、トータルとしての消費にはマイナスに作用します。また、経営者報酬の株価連動化がより鮮明になれば、経営者は短期的な株価の上昇ばかりを気にかけ、長期的な会社の成長がおろそかになることも懸念されます。
 そんな懸念をよそにグローバル化の名のもとに、「縦の公平性」を犠牲にした「横の公平性」が一層幅をきかす時代になりそうです。

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