コロナ禍で業績が悪化する企業が多くなっている中で、本社ビル等の大型の自社所有資産売却のニュースが目立っています。昨年12月にはエイベックスが青山にある本社ビルの売却を発表し、本年の1月には電通が新橋の本社ビルを売却する、との報道がなされました。業績悪化時における、重要な固定資産売却の際の着目ポイントについて考えてみたいと思います。
エイベックスが昨年12月24日に発表した「固定資産の譲渡及び特別利益計上に関するお知らせ」のニュースリリースに沿って検証していきましょう。
着目ポイントは売却代金の使途と売却益計上の効果及び今後の損益、キャッシュフローへの影響になります。
売却代金の使途と売却益
一般的に注目されるのは売却代金の使途と売却益計上です。エイベックスのニュースリリースによれば、本社の土地・建物の簿価は429億円、売却益290億円ですから、売却代金は719億円になります。
売却益290億円は特別利益に計上されます。21年3月期決算見込みはコロナ禍の影響で売上が急減し、営業損失70億円と巨額の欠損計上見込みです。さらに、希望退職募集に伴う特別損失もありますから、今回の本社売却に伴う売却益がなければ、最終損益は赤字が必至の情勢でした。したがって、この本社売却の主目的は損益計算書の赤字の補填であると推測できます。
売却代金は719億円ですが、資金使途を考える場合は売却益にかかる税金を控除しておかなければなりません。エイベックスの場合、本業の不振だけでなく、希望退職もありますから、事業ベースで相当の赤字が出ると予想されます。それらを総合的に計算して、使えるキャッシュを算出します。
売却代金の使途についてはニュースリリースでは「事業成長に向けた投資、株主還元等を検討」とあります。「事業成長に向けた」投資は決まり文句で、これだけでは何に使うかよく分かりません。普通には、赤字穴埋めや希望退職に伴う退職金に充当することが考えられますが、これらは「事業成長に向けた投資」という表現にはそぐわないようにも思います。
一方、「株主還元」は明確です。21年3月期決算見込みでは、経常段階までは赤字ですが、この売却益290億円により、最終損益は大幅増益となり、配当性向35%を目途としていることから、大幅増配となります。本業不振にもかかわらず、増配するのはやや違和感は残りますが、過去の蓄積を吐き出し、株主還元するというのも一つの考え方でしょう。
これからの損益とキャッシュフローの影響
固定資産を売却した場合、売却代金の使途と売却益に着目するというのは、ごく普通の考え方です。しかし、この二つとも、過去の処理に過ぎません。より注目すべきは、本件売却による今後の業績に与える影響です。
ニュースリリースによると、本社売却後も現本社はリースバックにより、継続使用するとのことです。したがって、現在、コロナ禍で在宅勤務が拡がっていることから、賃借り面積は現在使用面積より減るかもしれませんが、今後の損益に新たに賃借料が発生することになります。従来は固定資産でしたから、建物の減価償却費が発生していました。今後の損益に与える影響としては増加する賃借料と減少する減価償却費の大小が問題になります(その他、固定資産税等の諸々の経費の差異も発生します)。
さらに、賃借料も減価償却費もどちらも経費ですが、賃借料はキャッシュアウトしますが、減価償却費はキャッシュアウトしないことにも注意しなければなりません。当然といえば、当然ですが、事業に使用していない完全遊休資産の売却は将来キャッシュフローに影響を与えませんが、本件の様に事業に用いている資産の売却は将来キャッシュフローのマイナスとして作用します。
今後の業績を見る場合はキャッシュフローの動向が重要です。本社売却代金をどう使ったかという過去の使い方だけではなく、これからのキャッシュフローに与える影響も要チェック項目です。