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「国民感情と乖離するインフレ目標」

2022/08/04

 先般、日銀の黒田総裁が、昨今の物価上昇に関連し、「家計の値上げ許容度が高まっている」と発言して、強烈な批判を浴び、発言の撤回に追い込まれました。後述するように日銀には日銀なりの論理があってのことなのですが、この発言は日々の生活維持に必死の一般庶民の感情を逆なでするものだったことは間違いありません。
 物価は国民生活に最も身近な経済指標です。各国の中央銀行は「物価の番人」とも呼ばれ、一般の国民感情に寄り添うことが求められているのに、インフレ目標設定以来の日銀はややその辺の配慮に欠けるところがあるように思われます。経済政策は国民生活のために存在しているのですから、政策当局が国民感情と離れてしまっていては、政策目的の遂行は難しくなります。
 今回は、インフレ目標が国民感情とどのように乖離しているか考えてみたいと思います。

家計にインフレ期待醸成
 黒田総裁就任以来、日銀は我が国の経済低迷の元凶はデフレだとして、「異次元」と称する強烈な金融緩和を実施してきました。「金融緩和をすれば必ず物価は上昇する」と考えるリフレ政策を信奉する日銀執行部は、前例にない緩和策を実施し、マネーを増やし、物価上昇を目指してきました。にも関わらず、成果が上がりません。そこで、リフレ派の人々は、物価上昇が起きない理由をマネー以外の他の要因に求めました。その重要なターゲットになったのが家計でした。
 日本では、家計がインフレに対して異常に抵抗するから物価が上がらない、というのが彼らの新たな主張です。だから、インフレ目標達成のためには、家計に意識変革を迫り、インフレマインドを醸成することが必要だと言っていたのです。そうした観点からすれば、黒田総裁の「家計の値上げ許容度が高まっている」という発言に不思議はありません。日銀とすれば、値上げ許容度が高まっているというのは、ある意味、現在進める金融政策の成果だと誇りたかったのだと思います。しかし、それは明らかに、物価高を望まない庶民感情とずれており、思わぬ反発を招いたのです。

国民への説得が必要
 日銀は2%のインフレ目標を設定しました。インフレになれば賃金が上がり、経済が好循環に入るというのが、日銀の論理です。しかし、インフレになれば必ず賃金が上昇するという保証はありませんし、今回の物価上昇でも賃金の上昇は見られません。リフレ派は今回の物価上昇はデマンドプル型ではなくコストプッシュ型だからと弁解しますが、そんな小難しい言い訳で国民が納得できるわけがありません。また、たとえリフレ派が主張する通り、賃金が上昇するとしても、物価の上昇が先にあるのですから、賃金が上昇するまでの間、国民には物価の先行上昇に耐えてもらわなければなりません。
 日銀がインフレ目標を本気で達成しようとするなら、それこそ総力を挙げて、国民に「賃金が上がるまでの間、物価上昇に我慢してくれ」とお願いしなければならないはずです。しかるに、今回の一連の経緯を見れば、日銀にそこまでの覚悟はないように見えます。

日銀が重視するのはコアコア指数

 もう一つ、物価上昇に関して、日銀と国民感情が離れていると感じるのは物価指数の一つである「コアコアインフレ(CPI)」の重視です。
 発表される消費者物価指数(CPI)には次の3種類があります。すべての物価を包含する「総合CPI」、生鮮食品を除く「コアCPI」、そして、生鮮食品とエネルギーを除く「コアコアCPI」です。生鮮食品とかエネルギーは気候や国際情勢に大きく左右されるので、日銀はそれらを除くコアコアCPIを重視するといっています。
 6月24日に発表された5月のCPIは総合が2.5%、コアが2.1%、そしてコアコアが0.8%の上昇でした。日銀とすれば、重視するコアコアの数字が2%に届かず、まだ低いので、さらにインフレを助長すべく金融緩和を続けると言っています。しかし、庶民とすれば、毎日消費する食品とエネルギーこそが物価の中核です。それを外した指標が低いから、まだまだ物価が上がるべきだという日銀の主張は庶民離れしていると言わざるを得ません。

インフレ目標に固執しない方がいい

 一般庶民はいつの時代も低い物価を望んでいます。その物価の上昇を目指すインフレ目標を国民に納得してもらうことは容易ではありません。物価が上昇すれば、どういう経路で我々の生活が豊かになるか、筋道を立てて根気強く説明することが求められますが、その覚悟と気概が日銀に失われてしまったように見えてなりません。
 リフレ派が主導するインフレ目標(デマンドプル型)には、当初からその論理的な妥当性に疑問を呈する意見は根強くあり、現に目標設定から10年経とうとしているにもかかわらず、達成のメドは立っていません。そして、今回、インフレ目標が国民感情からも乖離することの問題が露呈してしまいました。実現可能性の困難さに加え国民に対する訴求力のなさを考えると、日銀はいつまでもインフレ目標に固執せず、そろそろ旗を下ろした方がいいのではないかと思います。

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