信越化学工業で、社長、会長として、長く経営を担ってきた金川千尋氏が1月1日、96歳で死去されました。金川氏は信越化学を世界トップの塩化ビニール(塩ビ)樹脂メーカーに育て上げると同時に、同社の時価総額を我が国化学業界随一の水準に引き上げた、カリスマ経営者として有名です。
その金川氏のインタビュー記事が1月6日付のダイヤモンドオンラインに掲載されました。このインタビューは2016年の90歳当時のものですが、金川氏の経営哲学の一端が垣間見える興味深い内容でした。なにしろ「カリスマ」経営者ですから、カリスマではない一般人にそのままあてはめるのは危険な面もありますが、参考にできる点もあるのではないかと思います。以下では、このインタビューから、金川氏が経営の真髄として強調した2点を紹介します(内容や数値等は特に断りのない限りインタビュー時点のものです)。
1.少数精鋭主義
金川氏の経営の原点は、当初より金川氏が社長として経営してきた、信越化学の米国子会社シンテックにあり、それを次のように説明しています。
『シンテックの主力製品である塩ビは、汎用品で製品に差がつけにくいため、コスト競争力が売上増大のカギになります。そこで、シンテックでは「合理的な経営」を徹底的に追求しました。合理的な経営の基本は「少数精鋭主義」にあります。シンテックの営業担当者は必要最小限の人員で、経理及び財務社員はたった2人で、工場長は人事、購買、総務などを1人で担当しています。また、いわゆる「ジョブローテーション」もあまり行いません。一つの仕事をできるだけ長くやらせることで、専門知識のみならず、経営において大事な判断力や執行能力などが身につくようになるからです。』
一般的には、ジョブローテーションをあまり行わず、同じ仕事を同一の人間が長く続けることは、効率的ではあるでしょうが、ガバナンス的には好ましくないとされます。中枢の人間が病気や事故で欠けると、業務の持続可能性に懸念が生じますし、特定の人間に仕事や権限を集中させると、相互牽制が効かなくなり、不祥事の温床になりやすいからです。そうした弊害を防止するためには、経営トップの監視・管理能力がよほどしっかりしていなくてはなりません。わずかの異変も見逃さないトップが存在すれば、弊害を除去しながら効率性を徹底的に追求することが可能です。中小企業ならトップが経営の隅から隅まで把握して、管理するということはあるでしょうが、信越化学のような大企業でそれを行うのは至難の業です。それができるというところが金川氏のカリスマの、カリスマたるゆえんなのでしょう。
2.重視する経営指標は自己資本比率と当期純利益
重視している経営指標は、と問われると、次のように答えます。
『会社が潰れる原因は借金である、という考え方から、自己資本比率を重視します。社長就任時の自己資本比率は38%でしたが、2016年3月末は80.8%となり、無借金経営となっています。自己資本比率が高くなると、ROE(自己資本当期純利益率)を高めるのが難しくなりますが、ROEについては数値目標を定めていません。ROEを一時的に上げるのであれば、自社株買いをして、分母を減らせばよいのですが、それが株主に報いることになるかは疑問です。経営者の務めは企業価値の最大化にあります。その意味で最も重視しているのは当期純利益です。毎年、当期純利益を増やすことが最も明瞭かつ重要な経営指標だと考えています。』
自己資本比率を高めると、ROEが低くなるのが、多くの経営者の悩みです。そのために自社株買いをして分母を減らしてROEを高める、というのが現在の主流です。しかし、金川氏は自社株買いを推奨せず、ROEを高めるためには、あくまで分子の利益を向上することを目標としているというのです。
信越化学の2022年3月期の決算短信によれば、自己資本比率は82.1%と高いのですが、ROEも16.3%と決して低くはありません。このROEの水準は24.1%という売上高当期純利益率の圧倒的な高さが支えています。その意味で、上述の少数精鋭主義による合理的経営による利益追求が金川氏の経営哲学の真髄であり、信越化学の経営のバックボーンとして機能していることがうかがえます。
金川氏は稀代のカリスマ経営者であり、その経営手法を一般人がそのまま援用するのは困難でしょうが、考え方の部分で参考にできる点はあるのかなと思います。また、言っていることはとても分かりやすく、かつ一貫していることにも感心しました。経営者にとって経営理念や経営手法を、説得力を持って語るということは、いつの時代も重要なことであることを再認識しました。