株式会社京セラ名誉会長の稲盛和夫氏が、1998年に出版された『稲盛和夫の実学』(日本経済新聞社刊)に、「売上を最大に、経費を最小に」という項があります。
稲盛氏には知名度の高い経営語録が多数存在しますが、その中でも特に有名な言葉の一つです。
この「売上を最大に、経費を最小に」という言葉を、私は独自の解釈をして経営者の皆様にお話をしています。
時間をさかのぼります。
2008年のリーマンショックや2011年の東日本大震災に端を発した経済の混乱期に、日本は様々な原材料の調達が困難となり、同時に、大幅な価格の上昇に見舞われたことを記憶されている方も多いことでしょう。
私はこの時分、好業績な会社と企業再生局面にある業績不振な会社の双方と多くの関わりがありました。
その時に私が目の当たりにしたのは、「ある会社では、商品や原材料を優先的に回してもらったり、価格上昇は一時的な現象だということで、市況よりも有利な価格で卸してもらっている」現実でした。その程度は、“著しく”でした。
私はこのことから何かを学ばなくてはいけないと思い、いろいろ観察してみました。
その結果、「平時から、仕入先さんとの良好な関係を築いている」という平凡な一点が結論だと気付いたのです。
安定的な仕入を継続している、紳士的な価格交渉を行っている、約定通りの支払いを継続している、時には営業マンの顔を立てて取引している、などです。
時に、高圧的な態度で仕入先さんに当たっている場面を見かけることがあります。
しかし、現在のような価格の値上がりが激しい状況下で、更にはこれから起こるであろうモノ不足の事態を予測したとき、「優先的にモノを流してくれる取引先とは、どのような会社だろうか」と考えれば自明のことです。
また、信頼関係のある親しいお客様に対しては、仕入先が持っている情報をいち早く流してくれることも経営上の重要な要素となり得ます。
このような思考過程を経て、私は、『「経費を最小に」とは書いてあるが、「原価を最小に」とは書いていない』という屁理屈で、顔を見れば値下げ要求をするような関係性ではなく、仕入先さんとの良好な関係を築くことの大切さをお伝えするようになりました。
興味深い内容として、稲盛氏は「一升買いの原則」の項において、「5升買えば安くしますといわれても、いま要る1升だけ買いなさい」とも話されています。
「たくさん買えば、余分に使ってしまったり、乱暴に扱ったり、在庫管理に手がかかる。だから若干高くつくように見えても、その時に必要な分だけ買いなさい。」と言及されているのです。
やみくもに原価低減交渉に走るだけでなく、自社内での工夫の余地に関しても言及されている所に、稲盛氏の経営者としての「実学」を感じることができます。
売上を立てるには、先ずは調達です。
先の見通せない経営環境下にあるからこそ、仕入先との良好な関係を築くことで、商品や原材料の安定調達に努めていただきたいと思います。
私は稲盛氏の『稲盛和夫の実学』を、毎年1月1日の午前に読むことを習慣にしています。これまでに25回は読み返しているでしょう。経営者の皆さんに強くお勧めする一冊です。
(2022年7月あがたグローバル経営情報マガジンvol.55
「今月の経営KEYWORD」に掲載)