物価上昇が止まりません。食品等の物品の値上がりは以前からですが、最近は、理髪店やホテル代などのサービス価格の値上がりが目立つように思います。それに、電気、ガス等の公共料金の引き上げが追い打ちをかけますから、インフレの負担感はかなりなものになっています。一方、給料や賞与アップの報道は目にするのですが、その上昇率はとても物価上昇率に及ばず、実質賃金の低下は続いています。株価の上昇で一部富裕層は潤っているのかもしれませんが、株価上昇の恩恵にあずかれない一般庶民の生活は確実に圧迫されています。
しかし、物価をつかさどる日銀は、欧米の中央銀行が金融引き締めに転じているにもかかわらず、金融緩和姿勢を変えず、低金利政策の維持を表明しています。日銀が金融政策の転換をしたところで、物価上昇をどれ位抑えることができるかはわかりませんが、金利を上げて円安傾向に歯止めをかけることができれば、少なくとも、輸入品価格上昇の抑制は期待できそうです。ところが、日銀は動きません。
日銀は現下のインフレが「好循環のインフレ」ではないことを静観の理由に挙げていますが、私は、日銀は動きたくても動けないのではないかと思っています。というのは、日本経済は長い間の低金利政策に浸りきってしまい、金利上昇に耐えられない体質になっているからです。それは以下の3つの経済主体で顕著です。
金利上昇の打撃が大きい3主体
(1)国
第一に挙げなければならないのは、いうまでもなく、国家財政です。ここ数十年、政府は歳出の不足財源を主として国債発行に頼ってきました。その結果、国債発行残高は増加しましたが、利払費は低下ないしは横ばい傾向を維持してきました。日銀が異次元の金融緩和政策により、国債を大量に購入し、金利低下政策をとってきたからです。
普通国債の残高は1000兆円を超えていますが、令和5年度予算では利払費は8.5兆円、平均利回りは単純計算で0.8%に過ぎません。しかし、8.5兆円の利払費は公共事業費(6兆円)、文教費(5.4兆円)を上回っており、バカにできません。もし、金利が1%でも上がれば、残高が巨額なだけに、影響は大きなものになります。即1%分全額(約10兆円相当)がその年の利払費に跳ね返るわけではないにしても、徐々に増加して、他の一般歳出を侵食していきます。
低金利で利払費が膨らまないことをいいことに国債を野放図に増やし続けてきた結果です。国の財政は日銀の低金利政策により、かろうじて維持できているといってもいいのです。
(2)日銀
また、その国家財政を裏で支え続けた日銀はさらに大変です。金利上昇は日銀の貸借対照表の資産、負債両面に打撃を与えます。
まず、負債側の当座預金です。日銀は「銀行の銀行」ですから、一般銀行は日銀に当座預金口座を持ちます。日銀は量的金融緩和を大規模に行い、市中銀行から国債を大量に購入してきました。市中銀行は国債を売却した代わり金を、貸出金に回すことができず、やむをえず日銀の当座預金に積み上げています。この当座預金の金利は金融情勢に応じて変動します。現在は一部にマイナス金利適用範囲もありますが、ほぼゼロ金利です。金融が正常化して、金利が上昇すれば、この当座預金にも付利をしなければならなくなります。当座預金の金額は500兆円を超える巨額なものになっているだけに、わずかの金利上昇でも大きな費用が発生します。負債の支払利息の増加に応じて、資産側の収入が増えれば収支はバランスしますが、資産の大部分は固定金利の10年の長期国債であり、資産側の収入は急には増加せず、当面の収支はマイナスにならざるをません。
一方、資産面では、異次元の金融緩和で国債を大量に購入した結果、日銀が保有する国債の残高は国債残高の約半分の500兆円を超えます。ここで金利が上昇すると、過去に発行した低金利の国債の価格は下落し、時価で評価すると評価損が発生します。ただ、日銀の国債所有は満期所有目的で取得原価評価ですから、会計上、評価損は発生しません。しかし、会計上は表面化しなくても、世間は実態上の評価損を計算し、実質の自己資本を計算することになるでしょう。日銀の純資産は4兆円しかありませんから、実質債務超過の懸念もなしとはしません。
(3)変動金利の住宅ローンを抱える個人
近年、首都圏のマンションを中心に住宅価格は高騰を続け、年収対比では合理的とはいえない価格まで上昇してきました。その価格を支えてきたのは低金利の住宅ローンです。多くの住宅ローン利用者は当面の金利の低さにつられ、しかも低金利が継続することを前提に、目一杯の住宅ローンを変動金利で借り入れています。それだけに、金利が上昇した時には、賃金がそれに見合って上昇していなければ、返済に窮することになります。
また、金利上昇はローン利用者の減少を招きますから、住宅価格の下落も予想されます。住宅価格の下落は、かつてのバブル崩壊を連想させるように、経済全体に大きな影響を与えることは必至です。
どこまで低金利を維持できるか
このように日本経済は金利上昇に極めて脆弱な体質になってしまっていますから、日銀は可能な限り金融緩和姿勢を維持したいと考えているのだと思われます。幸か不幸か、黒田氏の総裁就任以降、日銀がずっと追い求めてきた「好循環のインフレ」は到来しそうにありませんから、当面、低金利を続けることはできるでしょう。ただ、永遠に続けることはできません。日銀の思惑通り、「好循環のインフレ」が到来して金利が上昇すればいいのですが、そうではなく、日銀の意図とは別に、やむをえず金利上昇に追い込まれる事態がくれば危険です。その点については、稿を改めて考えたいと思います。