中小企業からグローバル企業まであらゆる経営課題に解決策を

移転価格税制が問題になるケースと解決策

2024/07/11

Q.移転価格税制の仕組みは理解できましたが、具体的にどのような場合で移転価格税制が問題となりますか?

 

A.海外子会社の利益率が高い場合

一般的に、海外子会社との取引に係る日本親会社の利益率が低く、その海外子会社の利益率の方が高い場合には、日本の税務当局に日本親会社の移転価格リスクが高いと判断されます。つまり、親会社の得べかりし利益が海外子会社に移転しているのではないかと見られるわけです。上記とは逆に、海外子会社との取引に係る日本親会社の利益率が高く、その海外子会社の利益率の方が低い場合には、海外の税務当局に海外子会社の移転価格リスクが高いと判断されます。つまり、海外子会社の得べかりし利益が日本親会社に移転しているのではないかと見られるわけです。

具体例を挙げてみましょう(下図)。製造業を営む日本法人A社は、円安による輸入コスト高騰のため、このままでは利益が出なくなる見込みでした。そこで、日本法人A社は、輸入コスト削減のために、今まで事業として行ってきた製造機能を海外子会社に移管し海外子会社に完成品を従前の顧客に販売させることにしました。A社は、製造機能移管後には、開発活動に特化することとし、自ら開発した技術(無形資産)を海外子会社に供与することとしました。数年後、海外子会社は、当初の目的通り製造機能が軌道に乗り、利益が出るようになりました。以前のまま日本で製造を行っていれば利益は見込めなかったところ、海外に製造移管したことにより、海外子会社において利益が出る結果となりました。

さて、この取引について、移転価格税制の観点からは何をどのように検討すべきでしょうか。①A社が製造機能を海外子会社に移管した取引は国外関連取引に該当します。②製造機能を移管した後に、技術(無形資産)を海外子会社に使用許諾する取引も国外関連取引に該当します。この①②2つの取引の対価について、どう考えるかが移転価格税制の適用の問題となります。①製造機能を海外子会社に移管した取引について、A社は、海外子会社から何らかの対価を得るべきでしょうか。海外子会社は、A社に何らかの対価を支払うべきでしょうか。②技術(無形資産)を海外子会社に使用許諾する取引について、A社は、何らかの対価を得るべきでしょうか。海外子会社は、A社に何らかの対価を支払うべきでしょうか。
移転価格税制は独立企業の原則に拠っています。移転価格税制は、資本関係のある関連者が行う取引について、その関連者同士が資本関係のない独立の立場にあったとしたならば、どのような取引条件であればその取引を行ったであろうかを検討する税制です。A社が海外子会社に移管した製造機能の価値が大きいと考えるのであれば、その対価もそれに応じて多額となるでしょう。供与する技術(無形資産)の価値が大きいと考えるのであれば、その対価もそれに応じて多額となるでしょう。その逆は逆です。製造機能移管後に、海外子会社の移管後の製造機能が軌道に乗ったのは、元々A社が行ってきた製造機能のおかげなのか、それとも移管後にA社が供与した技術(無形資産)のおかげなのか、あるいは、海外子会社のコスト削減のおかげなのかなどについて検討を行うことになります。製造機能を移管する法人と移管される法人とが資本関係がない独立の関係にある場合には、移管する法人はできるだけ多くの対価を得たいと考えるでしょうし、移管を受ける法人はできるだけ少ない対価で済ませたいと考えるでしょう。こうした両者の相反する立場も考慮に入れて検討する必要があります。
全ての事実と状況を踏まえて、今までA社が行ってきた製造機能を無償で移管することはないはずだと考えるのであれば、対価はいくらとすべきなのか、一度だけの対価のやりとりだけで済ませるのか、移管後のロイヤリティを対価とするのかなどをも検討することになります。全ては、関連する事実と状況によるということになります。

海外事業部と経理部の連携強化
移転価格に対する対策としてローカルファイルを作成する際には、海外事業部の協力が不可欠です。
多くの企業では、ロイヤリティや製品等の取引価格の決定は経理部ではなく海外事業部が担当しています。海外事業部が移転価格について考慮しているケースはまだ少ないと思われます。取引価格の決定権を持つ海外事業部との間で、移転価格税制の知識を共有し、税務上問題のない取引価格を決定できる体制を構築する必要があります。

事前確認制度(APA)
移転価格税制において独立企業間価格の算定は困難であり、追徴税額も多額に上ることが多いため、企業にとって予測可能性に欠けているといえます。そこで、税務当局のいわゆるお墨付きを得る「事前確認制度」というものがあります。
事前確認制度とは、企業が税務当局に申し出た独立企業間価格の算定方法等について、税務当局がその合理性を検証・確認することをいい、企業が確認された内容に基づき申告を行っている限り、移転価格課税は行わないというものです。したがって、日本の税務当局からは将来移転価格の指摘を受けるリスクを排除することが可能となります。企業の予測可能性を確保するためにも、国税局は事前確認制度を推奨しており、事前確認の件数は増加傾向にあります。
今後、グローバル化が一層加速すると見込まれています。その中で、国際的な税務リスクを抑える対策がますます重要となっていきます。

文書化
事前確認制度(APA)は予測可能性を確保し透明性を高める上では有効な手段です。しかしながら、コストと時間を要することでもあります。そこで、企業自ら問題となり得る国外関連取引について、ローカルファイルやローカルファイルに相当する文書を作成しておき、税務調査に備えておくことも有効な手段です。
執筆者

多賀谷 博康Hiroyasu Tagaya

税理士・米国公認会計士(inactive)

最新の記事