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構造的円安要因

2024/08/05

 長期的に円安傾向でしたが、7月末の日銀の利上げ発表で、現在は円高への反発が生じています。しかし、本格的に円高に向かうと断定できるまでには至っていません。長期的に見れば、まだ円安への警戒感を捨て去ることはできないと思います。

 かつては「円安になると、輸出が増加し好景気になるから、円安は好ましい」ということがよくいわれていました。しかし、最近では「行き過ぎた円安は輸入物価の上昇を通じてインフレとなり、消費生活を圧迫する」という負の側面に焦点が当たっています。為替レートの望ましい水準については、立場によって意見が分かれますが、生活者目線から見れば現在の円安は行き過ぎだ、というのが大方のコンセンサスといってよいでしょう。

 最近は、これまでとは異なる構造的な要因が注目されています。

 

金利差要因

 為替水準も他の商品価格と同様に需給要因で決まります。円ドルレートでいえば、円需要が強ければ円高に、ドル需要が多ければ円安に振れます。

 円安要因としてよく挙げられるのは日米の金利差です。他の条件が変わらなければ、マネーは金利の高い方に流れます。現状金利は日本よりアメリカの方がかなり高いですから、円よりドルの需要が強くなり、ドル高円安になります。したがって、日米金利差が縮小に向かえば、円高に向かうことが期待できます。最近の円高への揺り戻しは日銀の利上げに伴う日米金利差縮小により生じています。

 この金利差要因は以前からあることですが、最近注目されるのが以下のような資金需給に構造的にビルトインされ、なかなか解消されにくい円安要因です。

 

国内に還流しない海外子会社利益

 かつての日本の産業構造は国内で作った製品を海外に輸出して、外貨を獲得するというものでした。円安になると獲得する外貨額は同じでも、換算すれば円貨額としては増加しますから、企業利益が増加するというパターンが主力でした。この場合は製品代金としてドル資金が国内に還流し、国内企業はそのドルを円に換えようとしますから、今度は円需要が強くなり、円高への振り戻しが期待できました。

 ところが、昨今はグローバル企業を中心に現地生産が進み、海外子会社で生産した製品の売上が多くなってきています。海外子会社の業績は国内親会社の連結決算に取り込まれます。したがって、海外子会社の業績は、円安になると円換算で膨らみ、連結決算において国内企業の業績向上に寄与します。その点で、円安が企業業績にプラスに働くのは国内生産品を輸出する場合と違いがありません。しかし、海外子会社で生産した場合は自動的に国内に資金が還流するわけではありません。海外で投資や貯蓄を行うとしたら、外貨のまま海外に存在することになります。したがって、輸出の場合と異なり、円高への振り戻しが期待できません。

 

デジタル赤字の増大

 デジタル赤字とは日本の企業や個人が海外のデジタルサービスを使うことで、その使用料等が海外に資金が流出することをいいます。GAFAM(Google、Amazon、Facebook、Apple、Microsoft)を筆頭にアメリカのビッグテック企業の存在感は絶大であり、日本人がそれらを利用する割合も増加しています。これらのアメリカ企業が構築したプラットフォームは国内にほとんど代替品がなく、デジタル赤字はこの10年で約2.5倍に増えており、今後とも増加することが予想されます。デジタル赤字はアメリカ企業への支払いになりドル需要が生じますから、円安要因として作用します。

 

新NISAによるキャピタルフライトの増大

 非課税投資枠NISAがこの1月から、金額が拡大すると共に恒久化しました。「貯蓄から投資へ」を旗印として掲げる政府としては、本音では国内貯蓄が国内投資に向かってほしいと思っているでしょうが、積み立て枠として海外投資信託が人気を集めています。低迷からなかなか脱しきれない国内企業より、アメリカを中心とした成長率が高い海外企業の方が魅力的に映るのも無理はありません。積み立ては毎月行われるので、定期的に円からドルへの転換が必要になりますから、これも円安の要因になります。財務省が発表した統計によれば毎月1兆円程度の購入があるようです。新NISAによる海外投資信託の購入は当面減ることのない継続的なキャピタルフライト(外国への資産流出)であり、その動向には注意が必要です。

 

産業競争力の強化

 これまでは、円安も行き過ぎれば、金利や貿易収支次第で、いずれ円高に戻るのではないかという安心感があったのですが、上記のような循環的に増減しない構造的要因も無視できなくなっています。

 円安は円の購買力の減退であり、国の産業力、経済力の衰退を意味するといってもいいでしょう。小手先の為替政策ではいかんともしがたく、産業競争力の強化や財政の健全化、金融の正常化などに本腰を入れて長期的に取り組むことが必要になります。

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