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経営者の含み益から株主の評価益に

2024/09/02

 有価証券等の価格が変動する資産において、取得価格(簿価)と時価との差額を表現する言葉として「評価損益」と「含み損益」の2つの用語があります。一般的に、この2つの用語はほとんど同じ意味を持つものとして使われることが少なくありません。ただ、評価損益と含み損益には語感に微妙な違いが存在します。評価損益は表に現れた誰でも分かるはっきりとしたものといった印象があるのに対し、含み損益は裏に隠れたぼんやりとしたつかみにくいイメージがあります。事実、評価損益は明確な会計上の用語として財務諸表に表現されるのに対し、含み損益は財務諸表上には表われてきません。

 そこで、本稿では簿価と時価との差額について、会計上表現されるものを評価損益、会計上は表現されずに、簿外にあるものを含み損益として区別して考えてみたいと思います。この区別は一般的にオーソライズされたものではありませんが、このように両者の違いを明確にすることにより、最近活発化するアクティビスト(物言う株主)の評価益を有する所有株式に対する提言の意図がより明確になると思います。

 

経営者だけが把握する含み益

 我が国では、上場企業においても、開示情報は必要最低限にして会計情報を比較的クローズドにしていた時代が長く続きました。そこでは資産評価は取得原価主義を基本にして、簿価と時価の差額は会計上表現されない含み損益として簿外に置かれていました。株主等の外部の利害関係者は含み損益の存在に薄々は感づいてはいても、明確にはつかんでいませんでした。含み損益情報の詳細を正確に把握できていたのは会社内部の経営者だけといってもいいでしょう。

 簿外に置かれた含み損益の処理について、詳細を知らない株主等の会社外部の利害関係者が口出しすることは難しく、実質的に経営者に任されていました。こうした状況では、含み益は経営者にとってまことに都合のいい打ち出の小槌のようなものでした。なぜなら、業績が不振で赤字を出したときとか、リストラ費用等の一時的な損失が発生したときなどに、経営者は含み益のある資産を売却して実現益として表に出し、損失の穴埋めに使うことができたからです。つまり、含み益は経営者の経営の失敗を粉塗する隠し財源として利用されていたのです。

 

株主の持分としての評価益

 しかし、グローバル化が進展する中で、会計基準も国際基準に合わせる形で、投資家等の外部の利害関係者に情報をできるだけ開示するように変更になりました。その結果、有価証券等で時価の明確なものは、評価損益として財務諸表に反映させるように会計基準が変わりました。売買目的有価証券の評価損益は損益計算書に計上し、税額相当分を控除した上で、利益の構成要素として自己資本に算入されます。その他の有価証券については、損益計算書は経由しませんが、貸借対照表上で税額相当分を控除して、自己資本に算入されます。

 つまり、現在は、有価証券の簿価と時価の差額は含み損益ではなく、評価損益として、財務諸表の自己資本に算入されることになります。自己資本とは株主の持分であり、株主のものです。株主は自らの所有財産である自己資本を経営者に運用を預けているに過ぎません。株主は当然のこととして、経営者に自己資本をできるだけ効率的に運用するように要求します。その運用成績を測定する最適な指標とされているのがROE(自己資本利益率)です。ですから、株主はROEの低い企業に対して、経営者にその改善を求めるのです。有価証券の評価益が大きいと、ROEの分母が膨らみますから、経営者への要求がより苛烈になるのは道理です。

 

都合のいいポケットから宝の持ち腐れへ

 かつてのように情報開示が不十分な時代は、有価証券の含み益は自由に使える隠し財源として、経営者にとって非常に都合のいいものでした。表に出てこないのですから、いつまでも持つことができますし、処分も自分の好きなときにできます。含み益が大きいほど、経営の自由度は大きくなる、と考えられていました。

 ところが、含み益が評価益として財務諸表に表現され、しかも、明確に株主の持分として位置づけられると、話がガラッと変わります。株主としては評価益部分は自分の財産なのですから、評価益を有する有価証券の有効活用を強く求めるようになります。評価益部分が大きければ大きいほど、有効活用の余地は大きくなります。投資等に有効活用できないとしたら、配当や自社株買い等の株主還元を求めるのも自然の流れです。

 有価証券の簿価と時価の差額は、経営者のものとしての含み益から株主のものとしての評価益に大きく立場を変えたのです。それに伴い経営者にとって使い勝手のいいポケットから、経営者の無能あるいは怠慢を象徴する宝の持ち腐れに変貌してしまいました。

 今の経営者にとって、含み益(評価益)の大きい資産を有することは経営の自由度を上げるものではなく、かえって束縛されるものになっているといってもいいでしょう。そうした資産を含めてすべての経営資源を表に出し、それを最大限有効活用して、利益最大化に努めることを経営者には求められているのです。

 

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