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セブン&アイに対する買収提案の衝撃

2024/10/01

 先般、報道されたカナダ小売り大手アリマンタシォン・クシュタールによるセブン&アイ・ホールディングスに対する買収提案のニュースには少なからず驚かされました。セブン&アイはスーパーなどの課題案件を抱えているとはいえ、好採算を稼ぎ出すコンビニの圧倒的覇者として日本の小売業ではトップクラスの地位を築いていたからです。時価総額も5兆円を超えており、セブン&アイが買収することはあっても、買収されることなどないだろうと何となく思い込んでいました。

 しかし、考えてみれば、セブン&アイも上場会社ですから、資金さえ用意できれば国を問わず、誰でもその株式を購入することはできるはずです。本件買収提案がどのように決着するのかは見通せませんが、この買収提案が日本企業、とりわけ優良といわれる企業の経営者と取締役に大きな影響を与えたことは事実だと思います。

 

経営者が変われば、時価総額が増えるのか

 優良企業は業績良好で、株価も高く、経営者は地道に収益性を高める経営を続けていけば、会社も経営者自身の地位も安泰だと考えていたかと思います。しかし、セブン&アイがこういう形で買収提案を受けるとすれば、優良企業の経営者は優良企業なりのもっと高い水準のハードルをクリアすることが求められることになります。

 買収する側は買収相手企業の時価総額がどんなに大きかろうが、それを上回る買収金額を提示すれば、基本的には買収できます。ただ、買収金額が高すぎると、採算に乗りませんから、金額は適正でなければなりません。買収金額が適正かどうかの判断は、簡単に言ってしまえば、買収した後にその買収対象企業の時価総額を引き上げられるかどうかにかかっています。たとえば、時価総額5兆円の企業を6兆円で買収するとすれば、買収する側は買収後にその企業の時価総額を6兆円以上に引き上げなければなりません。もし、その時価総額引き上げプランが金融機関に説得力を持って説明できるのであれば、資金調達も可能になります。ですから、買収のポイントは自らが経営に参画することにより時価総額を向上させることができるかどうか、つまり、今の経営に時価総額引き上げ余地が残っているかどうかになります。

 買収の対象となる企業経営者は「ROE(自己資本利益率)が標準とされる8%や10%を超えているから文句ないだろう」とか「同業のライバル企業より業績がいいのだから口出しをするな」というわけにはいかないのです。優良企業であれば、経営資源は豊富なのですから好業績を上げるのは当然です。問われているのは、人材、設備等の現有資源をできるだけ有効活用し、最大限に企業価値を引き上げているかどうかです。業界標準に比べれば高い業績をあげていても、経営者を代え、異なった経営手法により、その企業の持つ人材やノウハウをもっとうまく活用し、さらなる業績向上が期待できるとすれば、買収の標的になりえるということになります。

 上場会社の株主は常に変動することが前提です。その常時変動する株主をいつでも満足させるように、現有資源を最大限活用して企業価値を高めることが経営者に求められるのです。現在の経営者は他の経営者に交代しても自分以上の経営成績はあげられないという実績と説明力が必要になります。経営者に課せられた責任は重大です。

 

取締役は株主価値の最大化を目指す

 昨年、経済産業省は「企業買収における行動指針(M&A指針)」を発表しました。そこでは、真摯な買収提案を受けた場合、取締役会はその提案を真摯に検討することが求められます。「真摯に検討する」ということは、端的にいえば、買収提案が株主価値の向上に資するかどうかという視点を第一において検討することになります。その検討において、取締役会の構成が大きく変わっていることに注意しなければなりません。

 以前の取締役会は経営の監督と業務執行が分離しておらず、取締役も従業員からの昇格者が大部分でした。取締役は形式的には株主総会で選任されるにしても、社内昇格の取締役は株主よりも経営トップの意向に沿いたいと思うのが通常です。そうした取締役が大半を占める取締役会であれば、現経営陣の交代を内包する買収提案にそう簡単に賛同するとは思えません。

 しかし、ここ数年続けてきたガバナンス改革で経営の監督と業務執行が分離し、取締役会における社外取締役の割合が増加していることが重要です。社外取締役が期待通りの活躍をしているかどうかは議論のあるところかもしれませんが、社内昇格の取締役より株主目線が強いのは紛れもない事実です。そうなると、たとえ経営陣の交代を含んでいるにしても、株主価値が向上するとしたら、取締役会が買収提案に賛成することも大いにあり得ることでしょう。

 

 今回のセブン&アイ・ホールディングに対する買収提案は、これまで買収することはあっても、買収されることなどないと思われてきた優良企業でも買収される可能性はあるのだということを、再認識させるものでした。経営陣は時代が大きく変わっていることを強く意識して経営にあたることが求められています。

 

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