日本企業は内部留保を貯めすぎているといわれます。内部留保を必要以上に積み上げても意味はなく、過度の内部留保は取り崩して従業員の給与を増やすとか設備投資に使えば、消費や投資が拡大し、経済成長に貢献できるはずだ、という批判をよく耳にします。
そうした意見の意図は分からないではないのですが、内部留保の本質を考えると、その使い方はそう簡単ではありません。
二つの内部留保
「内部留保」という言葉は財務諸表に表示される項目ではないため、内部留保の定義がすべての人の共通認識となっていないことも、内部留保の利用について混乱する一因となっています。
「内部留保」という言葉を会計とは離れて一般的に理解しようとすると、会社の内部に貯め込まれた留保金、つまり当面使う当てのない現金預金と考えるのも無理はありません。この解釈を財務諸表にあてはめると、内部留保は資産の現金預金のうちの余裕金の部分ということになります。余裕金の部分の限定が難しく、この意味の内部留保を財務諸表上厳密に特定することはできませんが、大雑把にいえば財務諸表の現金預金ということになるかと思います。
一方、内部留保の会計的理解は利益剰余金とするのが一般的です。利益剰余金とは企業が事業活動によって獲得した利益から、納付する税金や株主に分配する配当等を除いた残額になります。税金や配当を支払った残額の利益はそれ以上支払うものはありませんから、純粋に利益の余剰として財務諸表上表示されます。
このように内部留保は一般的理解と会計的な解釈とは大きく異なります。財務諸表上で表現すると、一般的理解では借方の資産の現金預金の一部となるのに対し、会計的には貸方の株主資本の利益剰余金となります。利益の余剰を現金として積み立てているとすれば、その両者は金額的には何となく似通ったものになるということはあるかもしれませんが、両者の会計的性格は明確に異なっており、その違いは以下のように内部留保の使い方の難易度に格段の違いを生じます。
「内部留保を利用して従業員給与や設備投資を行えばいい」というとき、一般的理解における資産の現金預金を利用するとすれば、話は実に明快です。複式簿記の仕訳を起こすなら、借方に給与や機械、貸方に現金預金を記帳すれば、内部留保を使って給与や設備投資を行うことができます。
しかし、会計上の内部留保の定義である利益剰余金を使って給与支払いや設備投資をすることはできません。それは以下のような理由によります。
内部留保は株主の財産
内部留保という語感からすると、「会社が自由に処分できるおカネ」だと思われるかもしれませんが、利益剰余金は会社が自由に何にでも利用できるものではありません。というのは、利益剰余金は株主資本の一部であり、株主の財産として確定しているからです。
事業で獲得した税額控除後の利益は株主に帰属する利益です。株主とすれば、そこで配当として受け取ることもできたものを、あえて個人として受け取ることはせず、会社に残したに過ぎません。会社は最終的に株主のものですから、その時点で個人として現金で受け取るより、会社に残すことで会社が成長し、株主財産が増加すれば、その方が有利だと判断したからにほかなりません。利益剰余金は株主とすれば、自分の財産を配当という形で受け取るのではなく、会社に置いてあるだけであり、株主の財産であることには違いがないのです。ですから、原則的に利益剰余金の使い道は配当や自社株買いといった株主に還元すること以外には想定されていません。
将来損失で内部留保を減らす
ただ、株主還元以外に利益剰余金を減らす方法があります。それは将来の損失です。事業活動の結果、最終損失が出れば、これまで積み上げた利益剰余金が減ります。ですから、内部留保(利益剰余金)は、決してムダな積み立てではなく「まさかの時の備え」として有用だとされており、内部留保の大きな会社ほど倒産する危険性の少ない、安全性の高い会社だとされるのです。株主は会社が成長することで自分の財産が増加することを期待する一方で、会社に不測の事態が生じることに備えて自らの財産を拠出しているともいえます。
将来損失で内部留保を減らすことができるとすれば、従業員の給与支払いや(設備投資を行い)減価償却費を増やし、損失を出せば結果的に内部留保を賃金増加や設備投資に使えることになります。しかし、事業不振でやむをえず赤字になるのならともかく、内部留保を賃金増加や設備投資に使うために意図的に赤字にすることは、経営者として取り得る選択肢ではありません。
このように一般的理解としての内部留保である現金預金を減らすことは容易ですが、会計的解釈の内部留保である利益剰余金を減らすことは極めて難しいのです。そうしたことを踏まえ、通常時から内部留保と配当等の社外流出のバランスを考えながら経営することが求められるのです。