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トランプ型関税政策の矛盾

2025/04/01

 トランプ氏の政権復帰に伴い、アメリカの多くの政策が急激に転換され、世界は大混乱に陥っています。経済面において、最も注目され、他国に対する影響が大きいのは関税政策です。トランプ氏が行おうとしている関税政策は単なる経済政策の変更に止まらず、歴史の流れを大きく変えるものであるように思われます。

 

リカードの「比較優位の原則」

 第二次世界大戦後の世界は、関税を引き下げ、自由貿易を拡大する方向で進んできました。自由貿易の拡大を最も強力に後押しする経済学説はデヴィッド・リカードが展開した「比較優位の原則」です。人材、資金等の経済資源はどこの国でも有限ですから、一つの国ですべての産業に経済資源を割り当てることはできません。それぞれの国で技術や資源等において比較優位にある産業に経済資源を優先的に貼り付け、その産業の製品をできるだけ多く生産し、その製品を他国に輸出し、自国が不得手な産業は他国に生産してもらって輸入することが国民の利益向上に資するという理論です。この理論は割と早くから確立され、広くオーソライズされてきました。だから、関税引き下げによる自由貿易の拡大が国民経済的に望ましいということは、共通認識として広く共有されていました。

 

関税は最終的には国民負担

 ただ、例外もあります。国にはそれぞれの事情に即した経済的目標があるからです。将来的に大きく育てたい産業がある場合は、その産業の製品に高い関税をかけて輸入を制限し、自国の産業を保護するということはあるでしょう。また、それ以外の特別の理由、たとえば、安全保障上、食糧自給率を維持したいとのことで特定の農産物に高い関税をかけ、国内農業を守るということもありえます。

 自動車産業を育成するという目的で自動車に高い関税をかけ、その結果、自動車産業が成長し、将来的に安く性能がいい国産自動車が消費者に行き渡るということになれば、その当時の自動車に対する高関税は是認されます。しかし、高関税をかけても一向に国内自動車産業が成長しないのであれば、国民はいつまでたっても高い外車を購入し続けなければならず、関税を高くした意味がありません。また、コメに対する高関税は、安全保障政策上どんなに高い価格であっても、最低限主食のコメだけは外国産より高くても国産で賄わなければならないという国民的コンセンサスの下で正当化されます。もしコメも安い方がいいというのが国民の総意であれば、コメの関税は引き下げることが求められます。

 関税をかけると、関税分だけ価格が高くなり、輸出量が減り、輸出国側が打撃を受けます。ただ、話はそれだけには終わりません。輸入する側も価格が高くなり、物価高になり一般消費者の負担になるからです。

 トランプ政権の関税政策には上記のような説得力のある理由に乏しく、ただ貿易赤字が気に食わないとか、後述するディール取引の材料にするためとか、場合によっては単にその国が嫌いだからとかというだけの理由であるように見受けられます。そのために物価が上昇し、生活が困窮することにアメリカ国民が納得できるかどうかが問われることになります。

 

Win-Lose かWin-Winか

 トランプ政権の経済政策の特色は「ディール(取引)」にあるとされます。ディールでは明確な勝ち負けが生じます。当初50:50から出発して、ディールを行い、60:40になれば60取った方が勝ち、40の方が負けになります。トランプ氏の場合、当初は90というような高めの球を投げ、60とか70というところで手を打つというのが常套手段のようです。こうした取引をすれば、ほとんどの場合、力の強いものが勝つことになります。アメリカは衰えたとはいえ、経済的にも軍事的にも世界最強の国家です。アメリカ大統領がこうしたスタンスで2国間交渉に臨むとすれば、相手方は何とか穏便に済ませてもらえるように貢ぎ物を差し出し、媚びへつらい、お願いするしかなくなります。

 ただ、このディールにおいて見過ごされていることがあります。それは2国が対決するのではなく、協調することにより、2国の経済的利益の総和が増えることがあるということです。相互に関税をかけあうのではなく、相互に関税を引き下げ、「比較優位の原則」に基づき、お互いが得意なものを生産し、貿易を拡大すれば、2国間の経済的利益の総和は100から120に達することもあるのです。経済的総和が100で変わらないとすれば、ディールの結果、片方が多く取れば片方が減るから、勝者と敗者が存在します(Win-Loseの関係)。しかし、経済的利益の総和が120に拡大するのであれば、それぞれが60ずつ分け合うことにより両者とも満足できます(Win-Winの関係)。トランプ政権の経済政策には協調して行動することにより経済的利益の総和を増加させるという発想が決定的に欠けています。一方が関税をかければ、他方はそれを黙って見過ごすことはできません。多くの場合、報復関税に発展します。報復関税をかければ、経済的総和は100から90になってしまう可能性すら存在します。そうなってしまえば、たとえディールで勝っても取り分は減ってしまうかもしれません。

 トランプ政権の経済政策にはWin-Loseの関係における勝者になることに執着する余り、Win-Winの関係を築くことに対する配慮が欠けているように思えてなりません。

 

歴史の転換点

 これまでドルを基軸通貨とするブレトンウッズ体制に基づく自由貿易の拡大と経済のグローバル化、そしてそれに伴う国際協調の進展は当然のものとし、それを前提に政府も企業も政策を進めてきました。それは単に世界の大勢だからということだけではなく、経済理論的、倫理的にも正しいから、この潮流は不可逆的なものだと安心していたのです。ところが、その体制の創設者であり、牽引者でもあった世界最強国のアメリカの大統領がそれに公然と異を唱え、「自国ファースト」を掲げ、国際協調から弱肉強食の世界へ戻ることを宣言したのです。その衝撃はとてつもなく大きいように思います。トランプ政権が進める外交政策のドラスティックな変更も併せて考えると、世界は今、歴史の転換点に立っているのかもしれないという思いを強くします。

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