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あがたグローバル社会保険労務士法人船井総研 あがたFAS

のれんの定期償却

2025/07/01

 M&Aなどにおいて資産に発生するのれんの定期償却の可否についての議論が再び盛り上がっているようです(2025年5月27日付け日本経済新聞)。

 資産に計上されるのれんの償却方法は日本基準と海外の基準で異なります。現在の日本の会計基準では、販売費及び一般管理費として20年以内で定期的に償却をすることを定めています(さらに、下記の減損処理も併せて行います)。一方、IFRS(国際会計基準)や米国会計基準では定期償却はせず、のれんはそのままの金額で資産に残し、買収した事業や企業の収益性が落ちたときに、減損として一括して費用処理します。したがってこの場合、収益性が落ちない限り、のれんの償却費は発生しません。日本基準のようにのれんを定期償却すれば、費用が発生するのに対し、しなければ費用が出ないので、損益計算書の利益に差が生じます。そのため、日本の会計基準はM&Aにおいて不利だといわれ、定期償却の可否は常に会計上の大きなテーマになっています。

 

のれんの価値は減少するのかしないのか

 M&Aでは多くの場合、収益力で企業が評価され売買されるので、買収に要した金額と被買収企業の帳簿上の純資産額との間に差額が生じます。その差額金額がのれんとなります。企業の収益力は帳簿上の純資産額より高く算定されるのが普通ですから、のれんは通常資産に発生します(逆に純資産額を下回ると負債にのれんが発生しますが、それは負ののれんとなります)。こののれんに定期的な償却が必要なのかどうかが問われるのです。

 資産は将来収益に貢献するものですが、将来収益を獲得するために使用されると価値が減少する資産と、しない資産とがあります。建物や機械は収益獲得のために使われれば、価値が減少し最終的には無価値になります。一方、土地はいくら使われても、価値は減りません。前者は減価償却資産として、毎期減価償却費を費用計上するのに対し、後者は費用処理をしません。さて、のれんはどちらに該当するのでしょうか。

 のれんとは超過収益力だといわれますが、超過収益力とは価値が減少するものなのでしょうか、あるいはしないのでしょうか。何百年と続いた老舗のお菓子屋さんのようなのれんなら価値は減少しないように感じますが、単なる新製品による超過収益力であれば、その価値は段々減っていくようにも思われます。ケースバイケースで一概に結論を出すことは難しい問題です。

 

日本と欧米で償却方法が違う

 IFRSや米国会計基準においては、普通の状態ではのれんの価値は落ちないと考え、のれんの定期償却はしません。ただ、収益力がなくなったと判断されたときには、減損としてまとめて費用処理します。

 一方、日本の会計基準は以下の理由で、のれんを減価償却と同様に規則的に定期償却します。のれんという超過収益力は、将来永続的に存続するとは言い切れません。価値が維持されるのれんもあるかもしれませんが、維持できないのれんもあるかもしれません。だとすれば、資産価値を固く見積もるという保守主義の見地から、償却した方がいいだろうという見解です。

 

減損の恐怖

 さて、こうしたのれんの定期償却の有無は、企業経営にどのような影響を与えるでしょうか。定期償却をしなければ費用は発生しませんが、定期償却をすれば費用が発生しますから、利益が落ちます。ここだけをとらえると、定期償却をしない方が経営的に有利だと思われるかもしれません。

 しかし、定期償却をしない場合の減損会計には怖いものがあります。のれんの対象となった事業はいつまでも収益を上げ続けられるという保証はありません。もし、その事業の収益力が落ちたと判断されれば、そこでのれんを一気に償却しなければならなくなります。そのときには、現状の本業の収益力ダウンに加え、過去に発生したのれんの減損が上乗せされるのですから、利益に与える影響は甚大なものがあります。東芝に見られるように、のれんの減損処理が経営破綻の“ひきがね”になるケースは決して珍しくありません。貸借対照表の資産に巨額なのれんが存在する限り、経営者は減損会計の恐怖におびえ続けなければなりません。

 一方、定期償却をすれば、必ず費用が発生し、毎期の利益は落ちます。しかし、費用処理は何年間かに渡って分散されるので、将来の巨額損失という減損の恐怖が緩和されます。超過収益力の永続性が確実に保証されていないと考えれば、定期償却を行うというのは将来の損益を平準化するという意味で経営にとって悪いことではないともいえます。

 M&Aが活発化すると、企業の買収合戦になり、買収金額は大きくなりがちです。そうすると、のれんも巨額となり、その定期償却の有無は利益を大きく左右することになりますから、この議論がどのように決着するかは注目です。

 ただ、M&Aの実行時の決断においては、会計の償却方法は二次的問題に過ぎません。重要なのは、M&Aにより将来の獲得キャッシュフローが増加するかどうかです。会計的には一時的に赤字になるにしても、キャッシュフロー的にプラスだと評価できるなら、M&Aに前向きに取り組むべきです。企業の意思決定に重要なのはキャッシュフローであることを再確認しておきたいと思います。

 

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