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あがたグローバル社会保険労務士法人船井総研 あがたFAS

物価高対策に見る課題先送り体質

2025/08/01

 7月の参議院選挙の経済面の最大の争点は「物価高対策」でした。各党の対策は与党の現金給付と野党の消費税減税に大別され、それぞれの優劣が盛んに論じられていました。私は、この物価高対策の議論を聞きながら、日本社会に根強くはびこる「課題先送り」体質も大きな問題ではないかと思うようになりました。

 

事前の制御策か事後の補填策か

 一口に物価高対策と言いますが、その対策は大きく2つに分けることができると思います。一つは入り口において物価高を制御しようとする対策であり、もう一つは出口において物価高が起きた後の消費者の収入補填を手当てしようとするものです。どちらも重要な論点ではありますが、各党の物価高対策を見てみると、出口の収入補填策ばかりに集中し、入り口の物価高制御策がないがしろにされているような気がしてなりません。出口対策だけになると、物価高そのものをコントロールできず、いつまでも事後的な収入補填を続けることになってしまう危険性があります。そうした弊害がありながら、入り口ではなく出口に対策が集中してしまうのは、物価高を制御するためには、物価高の原因を分析し、その上で改善策を策定しなければならないのですが、それがとても難易度が高いからです。

 

難しい物価高制御策

 マクロ経済的には物価は需要と供給のバランスで決まります。物価が高いということは、需要が供給に比べて強いからであり、物価高を制御するためには、需要を抑えるか、供給を増加させることが必要になります。そこで、今回の物価高の原因を究明することになるのですが、それがなかなか一筋縄ではいきません。

 当初は海外発の輸入インフレが出発点であったのですが、昨今の状況を見ていると、コメ価格の高騰に典型的に見られるように供給力不足の側面も強いように思います。なかなか難しい議論ではありますが、需要を抑えなければならないとしたら、金利を引き上げ、財政も引き締めなければなりません。あるいは、供給側における労働力不足や生産性の低下がネックだとしたら、外国人労働者等の人口政策の推進やロボットやITの導入による省力化などで、生産性の向上を進めなければなりません。つまり、農業をはじめとしたサプライサイドの改革が必要になります。サプライサイドの改革はカネも時間もかかるし、利害関係者の対立も多く、そう簡単ではありません。

 

容易な事後対策

 この物価高の入り口の議論は日本経済の構造改革のために不可欠な議論ではありますが、相当に複雑で難解です。それに比べれば、出口の収入補填策の議論は簡明です。物価高を所与として、収入の不足する分を全国民にばらまけばよく、そのばらまく手法が減税か現金給付かの違いがあるだけです。財源さえ手当てできれば(それはそれで大問題ですが)、恩恵は国民の大多数に及びますから、反対は少なく実施も容易でしょう。ただ、その場しのぎには役立つでしょうが、将来に向けての経済の構造改革には何の寄与もしません。

 そして、ここで注意しなければならないのは、収入補填のためのバラマキ策は国内需要を増加させる方向に作用して、入り口における物価高を助長させる恐れがあることです。出口の収入補填策が入り口の物価高を後押しして、さらなる収入補填が必要とされるという「いたちごっこ」に追い込まれる危険性があります。そうならないために入り口の物価高の防止策をきちんと議論しておく必要があるのです。

 

課題先送り体質

 このように整理してみると、取り組みやすい課題だけに取り組み、難しい課題には手をつけず先延ばしするという「課題先送り」体質がここにも存在していることが分かります。

 「難しい問題は避け、易しそうな解ける問題だけに集中すればいい」というのが、我々が身につけた受験対策の王道です。受験で高得点を稼ぐ一つの秘訣は、問題の難易度をいち早く識別し、易しい問題から手をつける。そして、もし時間が足りなければ難しい問題には手を出さなくてもいい、というものです。

 物価高対策において解決が難しい入り口の問題は避け、手をつけやすい出口の議論に集中するのは、そんな「課題先送り体質」にも原因があるように思います。受験では難しい問題は先送りし、永遠に放っておき、忘れてしまってもいいのですが、実社会ではそうはいきません。先送りした難しい問題は社会の課題として残り続けます。そして、往々にして時間が経つにつれ、問題の解決をより困難化させるのが常です。「失われた30年」はそうした課題先送りの結果だったといえるかと思います。

 「物価高対策」の議論を聞いていて、そんなことを感じました。

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