最近、キャッシュリッチな会社が増えています。キャッシュがたくさんあることは金持ちの象徴であり、「キャッシュが多ければそれでいいではないか、なんら文句をつけることではあるまい」といわれるかもしれません。個人であれば、自分で稼いだものをキャッシュとして貯め込むことに、誰も文句はつけられません。せいぜい「あいつはケチだ」とか「あいつの趣味は通帳の残高を見ることだ」といった陰口をたたくのが精一杯です。しかし、個人と会社は違います。
資金不足の時代
個人で事業を行っていれば、事業で儲けた利益は当然に個人のものです。そのカネを事業に使おうが、消費に使おうが、はたまた無闇に貯金しようが、どう処分しようと個人の自由です。しかし、会社は違います。会社の目的は出資された資金を事業に活用して、出資者の財産をより増加させることにあります。会社の財産は最終的に必ず出資者個人に還元されなければなりません。会社は出資者個人の財産を増加させるための手段であり、経済活動を行う箱に過ぎない、というのが株式会社の基本的な考え方です。
会社は株主財産をより大きく増加させるためにキャッシュを使わなければなりません。高度経済成長時代には高い利回りを稼げる投資機会はいくらでもありました。投資することで会社は成長し株主財産は増加しました。多くの会社でキャッシュが余るということはなく、資金不足が常態でした。事業活動の中でキャッシュをできるだけ手元に確保することが何より重視され、利益は株主に配当するより内部留保が優先されてきました。そこには資金繰りという課題はありましたが、株式会社そのものの存在意義を問われることはなかったのです。今から考えれば幸せな時代でした。
ROEを高める
しかし、低成長時代に入り様相は一変します。設備投資をすれば、簡単に売り上げが伸びる時代ではなくなりました。利益を上げキャッシュは溜まっても、新たな投資機会がありません。
金利が低いですから、キャッシュの収益性は低い。したがって、自己資本比率の高いキャッシュリッチな会社は株主が最も重視する自己資本利益率(ROE=当期純利益÷自己資本)が低くなります。自己資本、すなわち株主財産の効率性が低いのですから、株主は経営陣にその改善を求めます。ROEの分子の利益を上げられないのであれば、分母である自己資本を減らすしかありません。
企業経営の目的は将来キャッシュフローの最大化です。将来キャッシュフローをこれ以上大きくできないキャッシュを会社が持っているのは株主から見れば無意味です。余剰キャッシュを株主に還元すれば、自己資本は減りROEは向上し、株主財産の効率性は高まります。
キャッシュの使い道が問われる
日本の既存の法人株主は会社との営業上の取引や経営陣に対する気兼ねから、そこまで露骨な要求はしません。しかし、投資ファンドや外国株主は違います。株主としての経済合理性を徹底的に追求します。彼らは「会社のキャッシュは最終的には株主のものなのだから、使い道のないキャッシュは株主に還元せよ」と強硬に迫ります。株式会社の本質論からすれば、この議論に抗することは難しいことは分かります。ただ、これは過去の先輩の努力で営々と蓄積したキャッシュを現在たまたま存在しているに過ぎない株主に分配してしまうということになり、何となく釈然としないものが残るのも事実です。
カネが足りなくて四苦八苦するのに比べれば、贅沢な悩みですが、今はキャッシュの使い道が問われる時代です。誰にも納得できるように、優雅にきれいにキャッシュを使うことは個人も会社も難しいものです。