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「経営者個人保証の解除は進むか」

全国銀行協会と日本商工会議所などが、強制力のない自主ルールとして「経営者保証に関するガイドライン」を本年2月に策定しました。このガイドラインは銀行借入に付随する経営者(社長)個人保証の解除を目的としたものですが、我が国で長い間慣習として定着してきた観のある社長個人保証が減少していくのか注目されます。

常識だった社長個人保証
金融機関に就職して初めて企業融資を担当したとき、私は先輩から融資稟議の書き方を教わりました。稟議書はこの会社に融資して大丈夫なのか、という融資判断が最大のポイントであり、それ以外の定型的なところはできるだけ省力化できるように工夫されています。貸付金額、担保、保証などの欄があり、保証の横には保証内容を記入する(   )がありました。昔は、パソコンなどはありませんから、定型的な文句はゴム版をそろえていました。先輩から「保証の横の(   )には『社長個人』のゴム版を押すことを忘れないように」と言われました。印鑑箱には多様なゴム版がぎっしり詰まっていましたが、『社長個人』は使用頻度の最も高いゴム版の一つでした。私は学生時代余り勉強していませんでしたから、「『社長個人』とはどういうことだろう。社長は個人に決まっているではないか、それとも法人の社長ということがあるのだろうか」と思ったものです。そのときの私の教育係の先輩も、社長個人保証の意味などは教えてくれず、企業融資に社長の個人保証はつきものだ、というようなことしか言わなかったように思います。ことほどさように、銀行員にとって中小企業融資に社長個人保証は常識だったのです。
おかしな常識
しかし、よく考えてみれば、企業融資に必ず社長個人保証がつくというのは、おかしな常識です。株式会社は株主有限責任に見られるように、個人の責任を限定的にすることにより、個人の出資をしやすくし、会社でビジネスリスクを取りやすくしたものです。社長といっても、会社とは別人格というのが前提であり、別人格であれば、会社は倒産しても社長個人は生き残ることができるはずです。しかるに、会社への融資について、社長の個人保証をつけ、会社が破綻したときには、社長の個人財産まで身ぐるみはぎとられるようでは、個人で事業をやっているのと何ら変わらなくなってしまいます。
一方、銀行側も、社長の個人財産まで立ち入って、個人への生活を脅かしながら、会社への融資金に対する返済請求を行うのは、気が進まない仕事です。また、社長が多額の隠し財産を持っていることはそれほど多くありませんので、効率のいい仕事でもありません。それではなぜ、銀行は社長個人の保証を要求するのでしょうか。そこには大きく二つの理由があると思われます。
銀行側の事情
まず、第一は社長の心構えです。社長には会社に対して、精一杯、全身全霊をかけて事業に尽くしてもらいたいのです。会社は個人とは別物だから、適当に仕事をして、会社がつぶれても自分の財産だけはしっかり守り、安穏の生活を確保しようという社長では安心して融資はできません。自分の全財産をかけて仕事をしているという心意気が欲しいのです。
二つ目は決算書の透明性です。決算書は経営者自身が作成しますから、経営者が自分に都合のいいように作るリスクが常に存在します。上場企業のように会計監査人の監査を受けていれば別ですが、大部分の中小企業は監査を受けていません。融資をする銀行は決算書の正確性に対する担保を持っていません。粉飾決算があったときの用心に、会社以外の返済財源を確保しておく必要性があるのです。会社を単なる個人の節税組織と考えているような社長であれば、個人財産も含めて返済財源としなければなりません。
個人保証解除の要件
逆にいえば、社長が誠心誠意会社の事業に尽くし、決算書に嘘がなければ、社長個人保証は不要ということになります。銀行は預金者保護の観点から財産保全に全力を尽くすことが求められますが、吸血鬼ではありません。嘘偽りのない決算書の提出を受け、社長が精一杯事業に励んだ結果として会社が倒産したのであれば、銀行は他に貸倒責任を転嫁せず、自分で被ることに異存はないはずです。
社長個人が会社の責任から切り離されれば、会社が果敢にリスクに挑戦することができるようになりますし、有能な社長の起業への再挑戦も容易になります。そうしたビジネス環境を整備することがこれからの日本において望ましいものであることは言うまでもありません。その意味で経営者個人保証の解除が着実に進むことを祈っています。

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