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コラム

「"水をさす"会計から"棹さす"会計に」

 表現は似ているのですが、その意味するところはまったく異なる言葉があります。その代表的なものに"水をさす"と"掉さす"があります。辞書を引くと"水をさす"は「うまく進行している事などに脇から邪魔をする」ことであり、"掉さす"は「調子を合わせてうまく立ち回る」ことだとあります。つまり、「時代の流れに水をさす」と言えば、時代の流れを留める、あるいは逆行する、というような意味ですし、「時代の流れに掉さす」といえば、時代の流れに従う、あるいは一層早めるということになります。
会計のこれまでの変遷を眺めてみると、"水をさす"会計から"掉さす"会計に変わってきており、IFRS(国際会計基準)導入が広がっている状況を見ても、その傾向は一層強まっていくように思われます。

"水をさす"会計の時代
以前の会計における資産評価は取得原価主義が基本でした。貸借対照表の資産に計上される金額は期末時点の資産の時価に関係なく、取得価格のまま変わりません。したがって、償却資産を除いた資産の損益は所有したままでは発生せず、売却したときにはじめて実現します。
その結果、取得原価主義会計の下では、資産の取得価格と時価との差額である含み損益が発生します。含み損益は決算書に表面化されないので、経営者の手元に残されます。経営者は自分が好きな時に資産を売却して含み損益を実現し、決算書上に表現することができます。本業の業績が悪いときには含み益のある資産を売却して利益をかさ上げし、逆に、業績が良くて利益が多すぎるときには含み損のある資産の売却により利益を圧縮することも可能でした。つまり、決算書に表現される会社の経営成績を時代の潮流から遮断することが可能で、経営者の裁量である程度コントロールすることができたのです。いわば、時代の流れに"水をさす"会計といえます。

"掉さす"会計に
しかし、金融のグローバル化は会計の国際化を推し進め、資産評価の時価主義化の流れを強めます。投資有価証券の時価評価、固定資産の減損会計、たな卸資産の低価法などが相次いで導入されました。その上に、税効果会計も加わります。税効果会計では業績が好調で将来収益が見込めれば、繰延税金資産を計上できますが、業績が悪化し赤字予想になれば、それまで積んだ繰延税金資産を取り崩さなければなりません。繰延税金資産を計上するときには損益計算書の利益ですが、取り崩すときには費用が発生します。
景気が悪いときには当然本業の業績も悪い。その上に資産価格下落の影響を決算書に計上しなければなりません。逆に好景気のときには本業の業績好調に加えて、税効果会計などによる利益が加算される傾向にあります。景気や資産価格の動向が経営者の意思に関わりなく、ヴィヴィッドに決算書に反映されやすくなります。つまり、時代の流れに"掉さす"会計に変わりつつあるのです。

必要とされる経営者の能力
これからの会計は時代の流れに大きく翻弄されるものになり、調子のいいときには利益が大きく出て、業績が悪化すると赤字が増幅されやすくなります。こうした会計になると、長期的視野に立った経営ができず、短期的な資産価格の変動に大きく経営が左右される、といった批判も出てきます。しかし、会計のこの流れは不可逆的だと考えざるを得ません。
その結果、経営者に必要とされる経営能力も変わってきます。取得原価主義では、通常の利益は資産価格の変動とは切り離され、事業遂行に関するものに限定されますから、経営者にとって重要なのは事業遂行能力でした。取得原価主義ですから、過去から引き継いだ資産を収益性の検証をすることもなく惰性で所有することもできました。しかし、時価主義になれば、経営成績は資産・負債の価格変動リスクに常にさらされます。経営者には事業遂行に止まらず、将来の価格変動を見据えて資産・負債全体をコントロールする能力も求められます。
時代に"掉さす"会計なのですから、今と将来の時代を見通す能力が一層必要とされるようになるのです。

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