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「虚脱感漂うインフレ目標」

 黒田氏が日銀総裁就任時、自信満々に短期間で実現すると言っていた2%のインフレ目標はこれまで実現できませんでしたし、今後も当分達成が難しそうな状況です。ただ、海外に目を転じると、アメリカではコロナ禍からの景気急回復で6月は5%以上の物価上昇率を示し、FRB(連邦準備制度理事会)は金融緩和の解除も考え始めているといった報道や、木材や鉄などの資材価格上昇のニュースも伝えられてきており、少し様相が異なってきているように見えます。この辺で少し視点を変えて、インフレ(物価上昇)となる可能性も視野に入れておくのも必要なことかもしれません。
 どういう形であれ長年苦しんできたデフレから脱却し、物価が上昇しさえすれば、それでオーケーかというと、そういうわけにはいきません。現状では物価の上昇がかえって、経済の足を引っ張る可能性が高いのではないかと私は思います。


デマンドプル型とコストプッシュ型
 物価は需要と供給の合致する点で決まり、インフレはその発生の違いにより、以下の2種類に大別されます。強い需要が物価を引き上げる「デマンドプル型」と供給側の商品の原材料価格上昇が物価を押し上げる「コストプッシュ型」です。デマンドプル型は需要が需要を呼ぶ形でインフレを起こしますから、経済の好循環過程で生じます。一方、コストプッシュ型は原材料価格上昇が引き起こすインフレですから、家計支出の増大を招き、国民生活の窮乏化を招きます。
 問題はこれから日本で発生する可能性のあるインフレはどちらになるかです。

コストプッシュがデマンドプルに変換できるか
 無論、日銀が目指すのはデマンドプル型インフレであり、日銀は金融緩和でマネー量を増やせばデマンドプル型のインフレになるという想定の下、かつてない強烈な量的緩和を行ってきました。しかし、期待通りにインフレを起こすことはできませんでした。これから、日本にインフレが起きるとすれば、金融緩和を直接の要因としないコストプッシュ型のインフレだと思います。資材価格の上昇や円安により輸入原材料価格が上がり、供給側が費用上昇に耐え切れず、価格転嫁を行うケースです。デマンドプル型インフレであれば、賃金もモノの価格と同様に上昇していきますから、消費者は物価上昇のマイナスを賃金上昇で吸収できますが、コストプッシュ型インフレは賃金が上昇しない中で、モノの価格だけ上がりますから、消費者需要は落ち込み、景気はさらに下降することになります。
 最初はコストプッシュ型でも、一旦インフレが生じ、それが需要の増大につながり、デマンドプル型に転換すればいいのではないかという意見もあるかもしれませんが、話はそう簡単ではありません。我が国は少子高齢化で長期的な停滞感が漂い、短期的にもコロナ禍等で消費者マインドが冷え込んでいるので、デマンドプル型への転換は期待薄だと思います。つまり、不況下でのインフレになってしまいます。

難しい撤退戦
 もしそうなると、日銀は難しい判断を迫られます。掲げた目標であるインフレは達成できることにはなるのですが、それは日銀の金融操作とは異なる原因で発生するものであり、しかも国民経済的に望ましくないインフレになってしまうからです。物価の番人たる日銀が望ましくないインフレを放っておくことはできませんし、かといって、この状況で金融緩和から引き締めに転じることも簡単ではありません。
 日銀は目標に掲げた2%のインフレがいつまでたっても、達成されないのは当然困ります。かといって、望ましくないインフレはもっと困ります。そんなインフレが来るくらいなら、現状のままの方がベターだということもありえます。だとすると、インフレ目標とは一体何だったのかということになりかねません。
 インフレ目標をどのように取り扱うのか、日銀も難しい局面に差し掛かっていると思います。戦は始めるのは簡単ですが、撤退戦が一番難しいと言われます。インフレ目標もそんな様相を呈してきたように感じます。

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