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コラム

「ピーターパンは空を飛べる?」 ~日銀は国民の心理を変えることができたのか~

 黒田総裁の退任を間近に控え、日銀の金融政策はかなり行き詰まっているように見えます。そろそろ何らかの手直しが必要になると思いますが、これまで黒田氏が牽引してきた金融政策はどのように総括できるでしょうか。

物価をコントロールできなかった
 黒田氏は「日本経済低迷の元凶はデフレ(物価の下落)にあり、そして物価は極めてマネタリーな現象であるから、マネーを司る日銀が適切に金融政策を実施すれば、デフレからインフレに転換することができ、その結果、日本経済は活性化する」というリフレ派の理論に基づき、過去にない「異次元の金融緩和政策」を実施してきました。
 結果は見ての通り、黒田日銀のほとんどの期間で、2%のインフレ目標に達することはなく、終盤の1年ほどはインフレにはなりましたが、それは日銀の政策とは無関係に発生したコストプッシュ型インフレであり、その対応に苦慮しています。ここから、日銀には、リフレ派が思い描くように、物価を思い通りにコントロールする力はなかったことが分かります。

国民心理もコントロールできなかった
 金融市場は昔から日銀の主戦場ですから、たとえ意図通りにいかなくても、そこで、日銀が活躍しようとするのは当然です。しかし、黒田日銀はこれまでの日銀が踏み出したことがない局面で影響力を発揮しようとしたことが問題ではなかったのかと私は思います。それは国民のマインド、すなわち「国民の期待」です。
 リフレ派は「日本には長くデフレマインドが根付いているから、国民に物価は上がるものだというインフレマインドを醸成することが必要だ」と主張しました。そのために、人々の「期待」に働きかけることが重要であり、そして日銀は国民の期待を動かす実力を持っているというのです。
 前述したように、物価はマネタリーな現象で、マネーを司るのは日銀で、その日銀が本気で物価を上昇させるといえば、国民は物価上昇の期待を持つようになり、そして、実際に物価は上昇するようになるというのです。これまで、そうならなかったのは日銀が本気ではなかったからであり、日銀が本気になれば、国民のマインドは変わるはずだと、リフレ派は主張しました。日銀の本気度(気合い)が問われているというのです。
 インフレ目標が当初描いた思い通りに達成できなくなった2015年6月、黒田総裁は講演で次のようなことを述べています。
 「ピーターパンは空を飛べるかどうかを疑った瞬間に、永遠に飛べなくなってしまう。大切なことは前向きな姿勢と確信です。」
 私はこの発言を聞いて、黒田総裁を支えていたのは確固とした金融理論というより頑迷ともいえる信念だったのだということが分かり、拍子抜けしたことを思い出します。実態や科学的論拠は脇に置いても、日銀がインフレを起こせることに疑いを持ってはいけない、というのです。まさに「気合いと根性さえあれば何とかなる」といった、どこかの中小企業の社長の売上目標とほとんど変わりません。リフレ派は色々な難しい金融理論を振りかざしていたのですが、人々の期待を重視していました。そして、人々の期待を動かすのは、最終的には日銀の「気合い」であり、日銀の気合いは必ず国民に伝わるのだから、日銀は気合いをしっかり持とうというのです。先の黒田総裁の発言は、その辺の事情をよく示していると思います。
 ですが、大多数の一般庶民は日銀の機能や実力を知らないし、ましてや日銀の気合いがいかほどであるかなどにほとんど関心を持っていません。気合いさえしっかり保てば、国民のマインドを変えられるというのは、明らかに日銀の実力の過信でした。

内部の人間は疑っていた
 23年1月21日の週刊東洋経済に「日銀 宴の終焉」という特集が組まれました。それを読むと、白川前総裁はじめ日銀の内部の人たちは、日銀だけで物価を思い通りに左右するような実力はないことは分かっていたようです。しかし、日銀の外のリフレ理論を強力に信奉する政治家や学者たちは、日銀は力を持っているのに、その実力を十分に使い切っていないと歯がゆく思っていました。そこでリフレ派の官僚であった黒田東彦氏とリフレ派の理論的主柱であった岩田規久男氏を総裁、副総裁に送り込み、金融政策の大転換を図ったというわけです。
 黒田総裁の10年で分かったことは、日銀には国民の心理までも支配する実力はなかったという当然の事実です。日銀の最大の責務は通貨の信認の維持です。今は、黒田日銀の超金融緩和に加え、金融と裏腹にある財政の膨張もあり、通貨の信認が危うくなりそうな状況です。これからの日銀は自らの実力を見極め、本来の責務を果たすことが必要だと私は思います。

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