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コラム

「日本経済を甘やかす低金利政策」

 高まるインフレへの警戒感から、アメリカを筆頭に多くの欧米諸国が金融政策を転換し、利上げに転じています。一方、日銀は、我が国のインフレは欧米ほどではないこと、及び経済状況が一向に好転しないことなどを理由に、かたくなに金融緩和姿勢を崩しません。円安を阻止するためには金融引き締め、すなわち利上げが必要との意見も根強いのですが、この状況で利上げをすれば、日本経済に深刻な打撃を与えることは間違いありません。つまり、今の日本経済は低金利でしか生きていけなくなっている状況にあるといえます。
 資本主義における経済行為とは、財源の制約を背景に、多数の選択肢に優先順位をつけながら、行うべき事業や購入すべき資産を取捨選択することだ、ということができます。ところが、大量の資金供給を低金利で行う金融緩和は、以下に述べるように、その優先順位を曖昧にして、選択を不要にすることで現状維持に安住させ、その結果、将来の経済発展を阻害しているように思います。

財政支出...大砲もバターも
 低金利・大量資金供給の恩恵を最も受けているのは国家財政です。国債発行残高は1000兆円を突破、国家債務の対GDP比率は250%を超え、先進国ではダントツの水準にあります。そうした状況でも、財政を組むことが出来るのは低金利のおかげです。ただ、それが逆に放漫財政を許容しているともいえます。
 財政を考えるときに、よく出てくるのは「大砲かバターか」という言葉です。大砲は防衛の、バターは民生の象徴です。不穏な国際情勢から防衛予算の増大が求められ、一方、コロナ禍で苦しむ国民生活支援も必要になります。財政はそのどちらかを選択しなければならないというのです。しかし、それは財源に限りがあるからこその話です。金利がほとんどゼロに近く、しかも最終的には日銀がその購入を約束している国債を財源にすることができれば、無理に「大砲かバター」を選択する必要はなく、「大砲もバターも」どちらも手にすることができます。こうした財政制約が緩い状況だから、バラマキ型の無駄な支出が可能となり、日本の財政は肥大化してしまっています。この状態が永遠に続くのであればそれでもいいのですが、いつかは必ず限界が来ます。資金が不足し金利が上昇する事態となれば、「大砲かバター」を今よりももっと厳しい環境下で、より苛烈な形で選択せざるを得なくなります。

民間企業...ゾンビ企業の温存
 長期間続く低成長の下で、金融機関は貸出先に枯渇し、収益性に問題にある企業にまで、低金利で多額の融資を行っています。近年ではコロナ禍対応のため実質無利子、無担保の「ゼロゼロ融資」まで創設されました。
 金融には産業の新陳代謝を促す機能も期待されています。金利負担に耐えられない低収益の企業には退出してもらい、新しい成長性が高い企業が参入し、人的、物的資源を低収益企業から高収益企業に移動することにより、経済は成長することができます。ただ、新陳代謝機能を十分に発揮させるためには、金融の量的制限とある程度の金利が必要です。しかし、現在のような大量の低金利融資が蔓延すると、低収益企業が温存されてしまい、成長企業への資源移転がうまくいきません。もし、ここで急に金利が上昇すれば、人的、物的資源の受け皿になるべく成長企業が十分に存在しないまま、低収益企業が退出しなければならなくなってしまいます。

選択を迫られる局面は来るか
 このように、日本経済は低金利のぬるま湯の中で、厳しい選択を迫られることなく、何となく生存できている、といってもいい状況です。本来アベノミクスでは、金融緩和で時間稼ぎをしているうちに、成長戦略を実行するはずでした。しかし、肝心の成長戦略が起動しない中で、時間稼ぎであるはずの低金利の金融緩和だけが継続し、経済全体がそれに甘える体質となってしまいました。
 金融緩和が続く限り、現状維持はできるかもしれませんが、いつまでもこの状況を続けることはできません。今の金融緩和は病巣を膨らませながら、解決を先送りにしているに過ぎません。今は日銀が主体的に金融政策を判断できていますが、国債発行が累増し国内貯蓄を食い潰してしまうとか、あるいはその前に個人貯蓄が海外に流出するキャピタルフライトが本格化すれば、資金不足になり、マーケットに追い込まれる形で利上げせざるをえなくなる可能性もあります。そうなると、より厳しい選択を迫られます。
 先般のイギリスのトラス前首相の財政政策に起因する金融市場の混乱を見れば、政府も民間企業も、そうしたことがあることは想定しておく必要はあるでしょう。

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「経営者保証を不要とするために」

 経営者保証とは主として中小企業において、経営者個人(多くの場合は社長)が自ら経営する会社の借入金の返済を保証するものです。以下に述べるような問題意識から、金融庁は経営者保証の改善を目指しており、10月4日、その状況を発表しました。それによれば、2021年10月から2022年3月において、経営者保証の地域銀行の新規融資に占める依存度は64%(地域銀行99行の平均)になっており、前年同期と比べた減少幅はわずか2%に留まっています(2022年10月4日付け日本経済新聞)。
 経営者保証の存在は、万一の場合、経営者の個人資産までなくなってしまうのですから、個人生活を脅かします。それは同時に、企業家のリスク挑戦意欲の減退を招き、経済活性化の妨げにもなります。今回の発表を見ると、多くの金融関係者が問題を指摘し、監督官庁も是正を要求している割にはさほど改善されていないことが分かります。そこで、今回は経営者保証の今後の方向性について考えてみます
 まず、保証を取る銀行側の事情から見てみましょう。

人を見るか事業を見るか
 体制が確立されている大企業は別として、組織が未熟な中小企業への融資に際し、銀行融資の審査ポイントとして重視すべきは、人(経営者)なのか事業なのか、ということは古くから大きなテーマでした。人の重要性を強調する論者は、経営者の信用は事業成功の大きな要因であること、そして、もし万一事業に失敗しても、信用できる経営者であれば、借入金の返済についても誠実な対応が期待できる、といったことを主張します。一方、事業の方が重要だという人は、融資の返済は直接的には融資対象である事業から行うのだから、経営者の人格など関係なく、事業の状況や将来性だけに焦点を絞るべきだとします。
 日本の銀行では昔から、「人を見て融資をしろ」というようなことがよく言われました。最終的には人(経営者)の信頼性が重要だということになれば、事業の現況や収益予想を気にかけるより、経営者の健康状態、精神状態、あるいは家族の状況などが重要になります。その延長線上に、「最終的には私財を投じても返済してもらう」という経営者保証が存在し、広く普及したと考えられます。

トコトン回収するか、早く処理して転進するか
 経営者保証の有無は、銀行における融資金の回収業務という点から見れば、次のようにいうことができます。
 経営者保証がある場合は、事業を行う会社が破綻しても、回収業務は終わりではなく、次に経営者個人からの回収に向かいます。銀行にとっては会社以外の補完的な回収手段があるわけですから、好ましいように思えるかもしれません。しかし、格別の悪意のない普通の経営者であれば、経営する会社が破綻するほどに追い込まれれば、個人財産がそれほど多額にあるわけではなく、経営者個人からの回収は労力も時間もかかる割に、実りはそれほど期待できません。また、最終的には個人生活まで踏み込むこともありますから、銀行員として気が進む仕事でもありません。
 一方、経営者保証がなければ、会社が破綻し、残余財産で回収できなければ、その時点で貸倒損失を計上すると同時に融資金額を帳簿から落とし、その案件はそれで終了となります。その結果、銀行員は心機一転新しい仕事に向かうことができます。
 経営者保証を付けて、わずかの可能性がある限り、トコトン回収努力を続けるというのは、一見、銀行の本来の姿のように見えます。しかし、現代のように変化の激しい時代には、限りある人的資源を後ろ向きの仕事にいつまでも貼り付けることが、いいことなのかは疑問です。そうした仕事には早々に見切りを付けて、新規の融資開拓に向かう方がはるかに生産的だと、私は思います。

事業に真摯に向き合う
 経営者保証は経済成長期の資金需要が旺盛であった、貸し手優位の時の前時代の遺物のようなものです。今はカネ余りで、借り手優位に変わっています。銀行はいつまでも昔の流儀にこだわり、担保や保証は多いほどいいという発想は捨て去るべきでしょう。融資金の返済財源は事業が生み出すキャッシュフローだけだと割り切った方が時流に即していると思います。
 ただ、そこに踏み出すためには、銀行は会社が行う事業にもっと真剣に向き合わなければなりません。返済財源は事業からしか出てこないのですから、融資期間中の事業の損益やキャッシュフローの状況を常時フォローし、場合によっては事業好転のためのアドバイスも必要になります。そのためには、取引先に一層踏み込むと同時に、業界知識の取得も不可欠になります。
 経営者保証を原則不要とする融資を普遍化することは、沈滞が続く日本の経済の活性化に寄与すると考えます。

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「株式評価方法の違いを利用したソフトバンクグループの財務戦略」

 ソフトバンクグループが苦境に陥っています。2022年4~6月期の連結決算の最終損益は3兆1627億円の赤字と、4~6月期の日本企業の赤字額としては過去最大という不名誉な記録を打ち立てました。その赤字対策として、虎の子の中国のIT企業アリババ集団株式の一部を売却することを決め、その結果、アリババ集団はソフトバンクグループの関連会社(持分法適用会社)から外れ、2022年7~9月期に再評価益など4.6兆円を計上することとなりました(以上、2022年8月11日付け日本経済新聞による)。
 この記事のポイントはソフトバンクグループが所有していたアリババ集団株式の一部を売却することにより、アリババ集団はソフトバンクグループの関連会社ではなくなり、売らずに残った部分の株式の評価方法が変わり、評価益を計上するところにあります。

持分法と市場価格
 ある会社が上場している会社の株式を取得すると(子会社には該当しないものとします)、連結財務諸表を作成する際に、取得した株式の評価をしなければなりませんが、評価方法には主として2つの方法が考えられます。一つはその会社の事業実績を連結財務諸表に取り込む方法です(これを持分法といいます)。もう一つは、市場で付いている株価をそのまま所有している株式の評価方法とする方法です。会計では、関連会社は持分法により、それ以外の会社(以下では、一般会社と呼びます)は市場価格により評価することになっています。
 関連会社株式と一般株式を区別する本質的考え方の違いは、親会社がその会社の事業に関与し、一定の責任を保有するかどうかにあります。事業に関連性があり、両社の経営陣に関与の共通認識があれば、親会社はその会社の株式を安易に売却せず、ある程度長期に保有し、ロングスパンで関連会社を成長させようとします。逆に事業に関連性がなく、単に投資目的での保有だとすれば、親会社は外部者として所有する株式を自分の会社の状況やその株式の市場価格を見ながら自社に最も好都合な時期に売却していくことになります。
 グループ会社として事業に関与するとすれば、市場価格ではなく、関連会社の事業成績に応じた金額を連結財務諸表に取り込むことが合理的です。一方、グループ外の会社として事業に関与しないのであれば、一般株式として自社に最も有利なときに売却するのですから、時価である市場価格で評価するのが妥当となります。
 本質的な考え方は上記の通りですが、会計では関連会社であるかどうかは主として外形基準で判断します。厳密な定義はやや煩雑ですが、ベースの判断基準は親会社の株式所有比率によります。大雑把に言えば、親会社の株式所有比率が20%を超えれば関連会社となり(さらに所有比率が増大し、50%を超えると子会社となる)、15%~20%はグレーゾーンで、15%未満だと一般会社となります。

関連会社から一般会社に
 上記を踏まえ、冒頭のソフトバンクグループのアリババ集団株式の売却を振り返ってみます。売却前、ソフトバンクグループはアリババ集団の株式を23.7%所有していましたから、アリババ集団は関連会社でした。ですから、ソフトバンクグループの連結決算ではアリババ集団株式を持分法で評価し、アリババ集団の事業成績を取り込んでいました。ところが、今回の巨額の赤字発生を受け、ソフトバンクグループはアリババ集団の株式9.1%を売却し、株式の所有比率は14.6%に下がり、関連会社から外れ一般会社になりました。その結果、株式の評価方法は持分法から市場価格に変わりました。それまで、ソフトバンクグループが所有するアリババ集団の株式の簿価はアリババ集団の財務諸表の自己資本をベースに計算したものでしたから、それを市場で売却すれば、売却分9.1%について市場価格と簿価との差額が売却益として計上されることに加え、残存する14.6%分についても、株式の評価方法が持分法から市場価格に変わることにより、評価益が計上されることになったのです。
 その評価益のボリュームを測る指標としてPBR(株価純資産倍率)が利用できます。

PBRが高いアリババ集団株式
 PBRは株価を1株当たり自己資本で割ったものです。1株当たり自己資本は上記の持分法に近似すると考えることができますので、PBRが大きいほど、市場価格と持分法による価格との乖離幅が大きく、評価益のボリュームが大きくなります。9月10日時点でのニューヨーク証券取引所の株価で計算すると、アリババ集団株式のPBRは12.9倍となっています。帳簿上の自己資本に比べて、はるかに高い株価が形成されているので、ソフトバンクグループは今回の処理により大きな評価益を計上できたことが分かります。
 これまでソフトバンクグループはアリババ集団を関連会社として抱え、その株式を持分法で評価することで、巨額の含み益を保有し、決算の状況を見ながら株式売却を行い、売却益を計上することができました。いわば、アリババ集団株式は利益を捻出する都合のいい財布の役割を担っていたといえます。しかし、ここで財布の中身をさらし、評価益を一気に計上したことにより、これからはアリババ集団株式の市場価格がストレートにソフトバンクグループの連結決算を形成することになります。
 今後、ソフトバンクグループは、事業会社というより投資会社としての側面を一層強くして、その業績はこれまでにも増して株式市場の動向に翻弄されることになりそうです。

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「統合政府論の危険性」

 最近、「統合政府」という言葉をよく目にするようになりました。統合政府とは政府と中央銀行(日本では、日銀)を一体化したものを言い、国の財政状態は統合政府として考えるべきだと主張します。日本は国債を主体とする政府債務が膨大にあり、その財政状態は危機的だとする財政規律派に対する反論として、提示されている論理です。

債権・債務は相殺される
 統合政府の考え方に立てば、日銀は政府の実質子会社であり、政府発行の国債を日銀が保有しているということは、子会社が親会社の債務を負っているに過ぎないことになります。そこで、政府と日銀を統合した連結財務諸表を作れば、親子会社の債権・債務が相殺されてしまいます。すると、日銀は国債の50%以上を所有しているのですから、政府債務は激減し、その結果日本の財政は危機的ではなくなり、逆に財政余力が生じ、今後とも国債発行は十分に可能だと、議論は財政拡大に発展していきます。
 統合政府論を是とすれば、日銀は通貨発行権を持つのですから、通貨発行により日銀はいくらでも国債を購入することができてしまいます。そして、統合政府の連結財務諸表を作れば、債権・債務が相殺され、政府債務がなくなってしまうというのです。このまるで魔法のような方法により、日本は財政破綻を心配することなく、これからも国債を増発できることになります。本当にそのように考えてもいいのでしょうか。

日銀は政府の子会社なのか
 安倍元総理が「日銀は政府の子会社だから、日銀が保有している国債は、返済する必要がなく、日本の財政に心配はいらない」と発言し、大きな話題になりました。これも統合政府論の立場からの発言です。日銀が政府の子会社かどうかについては、鈴木財務相が「政府は日銀に55%出資しているが、議決権はなく、日銀は日銀法により自主的に運営されており、会社法に規定する子会社ではない」との見解が示されています。ただ、ここではそうした法的見解とは別に会社法上の子会社に引きつけて、政府と日銀の関係を考えてみます。
 会社法上の親子会社を連結財務諸表において一体で評価できるのは、親子会社が目指す目的が一致しているからです。その目的は一般的には、親会社の株主価値の最大化だとされます。連結を構成するグループ企業は親会社の株主価値最大化のために、親会社指揮の下、一体として事業運営を行っているのですから、連結で評価されて当然です。
 しかし、政府と日銀は元々目指すものが異なります。政府は国民の生活水準向上のために、福祉、公共投資、教育、防衛など様々な歳出を行います。一方、日銀の最大の目的は国民が生活する上で欠かせない通貨の価値の安定です。
 政府は歳出の財源として税金を徴収しますが、税収で不足する財源を主として国債発行で補填します。政府の立場からは、歳出の財源となる国債発行が安価かつ円滑に行われることを望みます。それには日銀が通貨を発行して、国債を購入してくれることが好都合になります。一方、日銀とすれば、政府の要望通り国債を購入し、経済実態以上に通貨を過剰に膨張させすぎると、通貨価値の安定を損なってしまいます。

デフレ局面からインフレ局面へ
 統合政府論が有効に成立するには、少なくとも政府と日銀が同じ方角を向いていなければなりません。政府と日銀の目指す方向性は状況により、近くなったり遠くなったりします。これまでは、政府と日銀の方向性は大体同じだったということができましたが、これからはそう簡単ではありません。
 デフレとは通貨価値が強すぎる経済状態ですから、デフレを克服するためには、ある程度通貨価値を弱める(通貨を増加させる)政策が必要となります。当然のことながら、政府はいつの世でも財政を拡張させたいですから、「デフレからの脱却」という局面においては、政府と日銀はある程度目的を一致させることができました。この段階なら、統合政府論も一定の説得力を持ちます。
 しかし、インフレが懸念される状況になると、事情が変わります。インフレが激しくなると通貨価値を毀損し、国民生活を混乱に陥れます。インフレが懸念される状況下でも、統合政府論に基づき、日銀が政府と一体となり、通貨を膨張させる方向に向かうのは危険です。日銀は通貨価値の安定を図るために、膨張する政府の財政を監視する役割を持つことが期待されるはずです。私は徐々にそういう局面に近づいているのではないかと思います。
 中央銀行の通称は「通貨の番人」です。この言葉は中央銀行(日銀)の本来の役割が通貨価値の安定であることを雄弁に物語っています。統合政府論の最大の欠陥は日銀にその本来の役割を忘却させる危険性があることにあります。

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「国民感情と乖離するインフレ目標」

 先般、日銀の黒田総裁が、昨今の物価上昇に関連し、「家計の値上げ許容度が高まっている」と発言して、強烈な批判を浴び、発言の撤回に追い込まれました。後述するように日銀には日銀なりの論理があってのことなのですが、この発言は日々の生活維持に必死の一般庶民の感情を逆なでするものだったことは間違いありません。
 物価は国民生活に最も身近な経済指標です。各国の中央銀行は「物価の番人」とも呼ばれ、一般の国民感情に寄り添うことが求められているのに、インフレ目標設定以来の日銀はややその辺の配慮に欠けるところがあるように思われます。経済政策は国民生活のために存在しているのですから、政策当局が国民感情と離れてしまっていては、政策目的の遂行は難しくなります。
 今回は、インフレ目標が国民感情とどのように乖離しているか考えてみたいと思います。

家計にインフレ期待醸成
 黒田総裁就任以来、日銀は我が国の経済低迷の元凶はデフレだとして、「異次元」と称する強烈な金融緩和を実施してきました。「金融緩和をすれば必ず物価は上昇する」と考えるリフレ政策を信奉する日銀執行部は、前例にない緩和策を実施し、マネーを増やし、物価上昇を目指してきました。にも関わらず、成果が上がりません。そこで、リフレ派の人々は、物価上昇が起きない理由をマネー以外の他の要因に求めました。その重要なターゲットになったのが家計でした。
 日本では、家計がインフレに対して異常に抵抗するから物価が上がらない、というのが彼らの新たな主張です。だから、インフレ目標達成のためには、家計に意識変革を迫り、インフレマインドを醸成することが必要だと言っていたのです。そうした観点からすれば、黒田総裁の「家計の値上げ許容度が高まっている」という発言に不思議はありません。日銀とすれば、値上げ許容度が高まっているというのは、ある意味、現在進める金融政策の成果だと誇りたかったのだと思います。しかし、それは明らかに、物価高を望まない庶民感情とずれており、思わぬ反発を招いたのです。

国民への説得が必要
 日銀は2%のインフレ目標を設定しました。インフレになれば賃金が上がり、経済が好循環に入るというのが、日銀の論理です。しかし、インフレになれば必ず賃金が上昇するという保証はありませんし、今回の物価上昇でも賃金の上昇は見られません。リフレ派は今回の物価上昇はデマンドプル型ではなくコストプッシュ型だからと弁解しますが、そんな小難しい言い訳で国民が納得できるわけがありません。また、たとえリフレ派が主張する通り、賃金が上昇するとしても、物価の上昇が先にあるのですから、賃金が上昇するまでの間、国民には物価の先行上昇に耐えてもらわなければなりません。
 日銀がインフレ目標を本気で達成しようとするなら、それこそ総力を挙げて、国民に「賃金が上がるまでの間、物価上昇に我慢してくれ」とお願いしなければならないはずです。しかるに、今回の一連の経緯を見れば、日銀にそこまでの覚悟はないように見えます。

日銀が重視するのはコアコア指数
 もう一つ、物価上昇に関して、日銀と国民感情が離れていると感じるのは物価指数の一つである「コアコアインフレ(CPI)」の重視です。
 発表される消費者物価指数(CPI)には次の3種類があります。すべての物価を包含する「総合CPI」、生鮮食品を除く「コアCPI」、そして、生鮮食品とエネルギーを除く「コアコアCPI」です。生鮮食品とかエネルギーは気候や国際情勢に大きく左右されるので、日銀はそれらを除くコアコアCPIを重視するといっています。
 6月24日に発表された5月のCPIは総合が2.5%、コアが2.1%、そしてコアコアが0.8%の上昇でした。日銀とすれば、重視するコアコアの数字が2%に届かず、まだ低いので、さらにインフレを助長すべく金融緩和を続けると言っています。しかし、庶民とすれば、毎日消費する食品とエネルギーこそが物価の中核です。それを外した指標が低いから、まだまだ物価が上がるべきだという日銀の主張は庶民離れしていると言わざるを得ません。

インフレ目標に固執しない方がいい
 一般庶民はいつの時代も低い物価を望んでいます。その物価の上昇を目指すインフレ目標を国民に納得してもらうことは容易ではありません。物価が上昇すれば、どういう経路で我々の生活が豊かになるか、筋道を立てて根気強く説明することが求められますが、その覚悟と気概が日銀に失われてしまったように見えてなりません。
 リフレ派が主導するインフレ目標(デマンドプル型)には、当初からその論理的な妥当性に疑問を呈する意見は根強くあり、現に目標設定から10年経とうとしているにもかかわらず、達成のメドは立っていません。そして、今回、インフレ目標が国民感情からも乖離することの問題が露呈してしまいました。実現可能性の困難さに加え国民に対する訴求力のなさを考えると、日銀はいつまでもインフレ目標に固執せず、そろそろ旗を下ろした方がいいのではないかと思います。

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「輸出型企業の業績を引き上げる円安効果の違い」~国民は円安の恩恵を受けにくくなった~

 報道によれば、円安効果もあり、上場企業の業績は悪くないようです。しかし、その割には、我々国民の所得が増加しているようには思えず、国民レベルの不況感は一向に拭えません。日銀をはじめとした政策当局は、円安は企業業績に好影響を与えることで、国民にとっても好ましいものになるはずだと言っています。
 円安が輸出型企業の業績に貢献することは間違いありませんが、その貢献の仕方が以前とは様相を異にしていることに留意しなければなりません。そのことが現在の停滞感につながっていると思います。

円の実額が増加するか、換算額が増加するか
 昔の大規模製造業は日本で製造した製品を海外に輸出して、その代わり金を獲得する形で成長してきました。ですから、円安に振れ1ドル100円が130円になると、海外で同じ1ドルで販売しても、円での受け取り額は30円増えることになりますから、国内での円貨の手取りキャッシュが増加します。それは当然、日本の親会社単体の業績を名実ともに引き上げます。
 しかし、この形態だと、賃金の安い労働力で作ったものを海外に輸出することになり、輸入国側の当該産業の雇用機会を奪うことにつながり、「失業の輸出」だとの批判が強まってきました。そこで、製品力に自信があり資本力も豊富な大企業は、徐々に現地子会社を設立し、海外の現地生産に切り替える動きが加速しました。現地子会社の生産では主として、現地の労働力を雇い、現地で資材を購入、販売するのですから、製品輸出に比べて、モノやキャッシュが日本を経由する度合いは大幅に減少します。それでも円安はこの企業の業績を引き上げます。というのは現地生産の売上げや利益は連結子会社として円換算し親会社の連結業績に組み込まれるからです。円換算すれば、円安になるほど、海外子会社の売上や利益金額が多くなりますから、連結業績は向上します。
 第一のパターン(製品輸出)も第二のパターン(現地子会社生産)も円安になるほど、連結決算上の企業業績は向上しますが、中身は異なります。第一のパターンは親会社単体の手取り円貨額が増えるのですが、第二のパターンは日本の親会社の円貨額が増えるのではなく、連結決算において現地子会社の円換算額が増えるに過ぎません。

賃金は上がらず、役員報酬と配当は増える
 第一のパターンと第二のパターンの違いが、国内経済にどのような影響を与えるか考えてみます。第一のパターンの業績向上に貢献したのは日本国内の労働者であり、親会社の手取り円価額が増加し財源も確保できますから、国内労働者の賃金増加につながります。一方、第二のパターンの業績向上は海外子会社によるもので、親会社の手取り円価額は増加しません。業績貢献に寄与したのは海外の労働者ですから、国内労働者の賃上げには直結しません。現在の輸出型企業の業績向上は第二のパターンが多くなっていますから、国内の一般労働者の所得向上には結びつきにくくなります。
 一方、株主と経営者は労働者とは立場を異にします。株主と経営者はほとんどの場合、連結業績で評価され、第二のパターンの業績アップでも利得を享受できるからです。株主は、近年株主還元が強く主張されますから、連結業績がよければ、増配の可能性が高まります。また、経営者も海外子会社を含めた連結業績が向上すれば、グローバルな経営手腕が評価され、報酬が高くなることが期待されます。さらに、連結業績が株価の上昇に結びつけば、株主は直接的に株式評価額が上昇しますし、経営陣もストックオプション等の株式連動型報酬であれば、その恩恵を受けることにできます。

円安の恩恵を受けにくい
 つまり、第一のパターンの業績向上は一般国民の所得向上につながりやすいのに対し、第二のパターンは、所得向上が一般国民ではなく、株主や経営者などの富裕層に集中しやすくなっているといえます。近年、円安の恩恵が国民全体に広がらない要因の一つは、こうしたことにもよるのではないかと思います。
 一方、一般の消費者の立場からは、円安になると輸入物価の上昇を招きますから、消費生活は圧迫されます。そうしたことを考え合わせると、一般国民の生活目線からは、以前に比べ円安の恩恵は受けにくくなっているのではないかと思います。

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「国内貯蓄は低金利を支え続けられるか」~為替リスクとインフレリスク~

 近時、円安が急速に進展し、20年ぶりに1ドル130円を超え、大きな話題となっています。世界的にインフレ傾向にあることから、アメリカはじめ諸外国は金融緩和から金融引き締めに転じつつありますが、日本ではインフレ率が欧米ほどではないことや不景気感がまだ根強いことから、日銀は依然として低金利の金融緩和政策の維持を続ける姿勢です。他の条件に変動がなければ、通貨の需要は金利の高い方に集まりますから、さらに円安に進むことが危惧されています。
 物事には浮き沈みがあり、環境次第で円安になることがあればまた円高に戻ることもある、というような循環過程の一局面だと割り切れれば、日銀の姿勢も理解できます。ただ、この円安は金融緩和と財政拡大を主軸とするアベノミクス開始当初から懸念されていたことであり、本格的な「日本売り」の序章だとすれば、楽観は禁物です。

強固な円預金が金融緩和を支える
 金利も最終的にはマネーの需給バランスで決まります。つまり、日銀が低金利政策を維持できるのは、マネーの供給源として安定した国民の円預金がバックに存在するからです。日銀が発表する資金循環統計によれば、2021年末時点の家計の現預金1091兆円のうち、外貨預金はわずか7兆円、たった0.6%に過ぎません。どんなに金利が低くても強固に円預金をし続ける辛抱強い国民がいるから、日銀は金融緩和姿勢を保ち続けられるのです。
 しかし、産業の競争力が減退し日本経済の将来不安が高まるようになれば、今後の展開次第では、こんな低金利では円預金を継続できないと、国民が判断するような時期が来るかもしれません。「預金が海外に逃げる」いわゆるキャピタルフライトです。そうなると、日銀の低金利政策の維持も困難になります。果たして、日本人の円預金選好はこのまま続くのでしょうか。

円預金はリスクなしか
 国民は「日本経済を破綻から救うため」というような高尚な愛国心から、損を覚悟で円預金を続けているわけではありません。日本人が低金利にもかかわらず円預金を過度に選択する理由として、次のようなことがよく言われます。「日本人は保守的だからリスクを取るのを嫌い、高金利の外貨預金ではなく、低金利でも円を選択するのだ」と。
 確かに、円預金には外貨預金にあるような為替リスクは存在しません。日本で終生暮らし、消費も円で行う日本人にとって、円預金にリスクはない、というのも一理あるような気がします。しかし、消費の最終目的を見据えてリスクを考えると、円預金には為替リスクとは違うリスクが存在します。

インフレリスクの顕在化
 消費はマネーとモノとの交換ですから、最終的に問われるのはモノの価格との相関です。円で測ったモノの価格、すなわち物価が重要です。日本は長い間、物価が低下するデフレ傾向が続いていましたから、円預金はモノの価格との相関関係では決して損にはなりませんでした。ところが、これから世界的な物価上昇に巻き込まれ、日本もインフレ傾向になると話は違ってきます。モノの価格は上がるのですから、ゼロ金利の預金は相対的に目減りしていきます。つまり、円預金でもインフレリスクは存在するのです。
 これまで円預金においてインフレリスクを意識せずに済んだのは、単にデフレ傾向にあったからに過ぎません。インフレに転じればインフレリスクを意識せざるを得なくなります。インフレリスクが高まれば、モノや株式等の投資商品を買うことの他、高金利の外貨預金への振り替えという選択肢も浮上します。

低金利政策が維持できるか
 手数料は下がり、システムは改善し、外貨預金は以前よりずっと取り組みやすくなっています。インフレリスクが顕在化してもなお、日本人は為替リスクを嫌い、ほとんど金利が付かない円預金を継続するのか。あるいは、どうせインフレリスクがあるなら、この際、為替リスクを取り、高金利の外貨預金を選択しようとするのか。現在は1%に満たない外貨預金比率ですが、それが10%になるだけで状況はかなり違ってきます。そうなると、巨額の財政赤字のファイナンスが国内預金だけでは難しくなり、低金利政策の維持も難しくなります。
 現在の我が国の経済は低金利政策によって支えられています。低金利政策が維持できなくなると、財政収支を筆頭に日銀の収支や個人の住宅ローン、借入過多の企業の存続にも大きな影響を与えます。その意味で、私は、国民の円預金の動向が今後の日本経済の大きなカギになるのではないかと考えています。

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「コストを下げるか、販売価格を引き上げるか」

 利益は、いうまでもなく販売価格からコストを控除して算定されます。その利益が常に十分に安定的にあればいいのですが、それはそう簡単なことではありません。一般に想定されるよりも多く発生する利益を、経済学的にはレント(超過利潤)といいますが、レントがあれば新規参入が続き、販売価格が低下し、いずれレントはなくなるとされています。
 競合企業の参入により、販売価格が低下し、十分な利益が確保できなくなってきたとき、どうするか。企業には、コストを引き下げるか、あるいは新たな価値を追加して販売価格を引き上げるか、の2つの選択肢があります。

企業の外で決まる販売価格と企業の中で決まるコスト
 ここで注意しなければならないのは、販売価格とコストの決まり方の違いです。
 製品の販売価格は、かつての電力のような独占の場合を除き、特定の企業に価格決定権はなく、市場における需要と供給のバランスで決まります。販売価格は製品を提供する企業が自分で決めているように見えますが、実際には市場の需給動向をにらみながら、受動的に市場価格を受け入れているにすぎません。つまり、販売価格は市場、つまり企業の外で決まります。
 ところが、製品を作るためのコストは違います。コストは原材料の仕入価格や人件費などから構成されます。それらの価格は販売価格と同様に市場で決まりますが、そこで成立した価格を前提に、企業努力と工夫次第で企業の中で変動させることができます。放漫経営を行っているとコストは上がりますが、経費節減を徹底すればコストを抑え、他社に差をつけることは可能です。

コストをかけても販売価格を引き上げるか
 販売価格とコストの差が縮まり、利益が落ちてきたとき、企業が第一に考えるのはコスト削減です。販売価格は所与であるのに対し、コストは自助努力で、ある程度コントロールできるからです。仕入先や発注方法を変え原材料を安く抑えたり、ロボットを導入するなどして生産工程を改善すれば、コストを削減することができます。
 一方、前述したように販売価格は市場で決まりますから、自分の力では動かせません。ただ、それは現在の製品スペックを前提にしているからです。新しい製品を開発したり、既存の製品に新たな付加価値を付けたりして、新たな市場を開拓すれば、販売価格を引き上げることが可能です。しかし、新製品開発や製品の付加価値を高めるためには投資が必要となり、コストの増加につながる可能性が大きくなります。

相反する人件費
 企業は単純にコスト引き下げに走るか、コストをかけても付加価値をつけ、販売価格引き上げに挑むかの選択を迫られることになります。それが象徴的に表れるのが人件費です。コストを引き下げるなら、人件費は削減しなければなりませんが、付加価値を生むアイデアは人から生まれますから、高付加価値を志向するなら、人件費削減は逆効果です。
 利益を出すために、多くの企業は人件費を削減し、コスト引き下げを選択するでしょう。というのは、コストの削減は主として企業努力で実現し、効果が確実に見えるからです。これに対し、製品の付加価値増を期待し人件費を増やしたとしても、本当に販売価格を引き上げるほどの付加価値を実現できるかどうかは、市場の受け入れ方次第で不確定です。また、利益が落ちている中でのコスト増加になりますから、失敗した時の責任も免れません。

企業家に求められる勇気
 そういうことを考えると、人件費を削減しコスト圧縮を志向するのは個別企業の経営判断としては合理的な選択だといえます。しかし、すべての企業がその合理的な選択をすると、国全体の従業員の賃金が下がり、購買力が落ち、経済は縮小均衡に陥ります。それがバブル崩壊以後の日本経済衰退の要因の一つではなかったのではないかと私は思っています。
 我が国の国民性の特色の一つに、同調圧力の強さがあるといわれています。強い協調性は、経済が上り調子の時は、経済成長に拍車をかけますが、経済が下り坂になると、皆が一斉に同じ行動をとりますから、下り坂にブレーキをかける力が働かなくなります。下り坂を反転させるには、大多数とは違うことをしようとする異分子の力が不可欠です。
 簡単なことではないのですが、製品に付加価値を付け、新市場開拓に挑戦する勇気も企業家に求められる重要な素養であることを忘れてはならないと思います。

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「銀行が取るリスクとリターン」

 2021年4~12月の上場銀行の業績は増益決算となったようです。しかし、この好決算は21年3月までに受け付けた、信用保証協会が保証することによる貸倒リスクがゼロで、さらに都道府県が利子補給することによる実質金利がゼロになる、いわゆる「ゼロゼロ融資」の急増と、そのゼロゼロ融資を中心としたコロナ緊急融資対応で倒産が減少したことに伴う貸倒引当金の縮小によるものと受け取られています。日本経済新聞は「地銀、かりそめの好決算」という見出しで報じており(22年2月15日)、好決算は一時的要因によるもので、経営の本質的な厳しさは変わらないというトーンで報じています。
 銀行の苦境は本業である貸出の収益低迷が主因です。銀行も投資信託販売等に係る手数料収入や有価証券運用等の貸出以外の収益拡大に努力してきているのですが、期待通りの結果をもたらしているとはいえず、収益基盤は依然貸出に依存しています。貸出の収益低下はいうまでもなく、カネ余りに伴う金利低下で利ザヤが縮小したことによるのですが、その利ザヤ縮小を銀行が取るリスクとリターンの視点から検証してみたいと思います。

 ビジネス上のほとんどの収益(リターン)はリスクを取る対価として発生します。銀行の本業である貸出収益のリスクは最終的には貸倒リスクという言葉に帰着するのですが、その貸倒リスクは、大きくクレジットリスクと期間リスクとに分解することができます。

クレジットリスク
 クレジットリスクとは貸出先の個別の信用状態に起因する貸し倒れに対するリスクです。100%安全な貸出先というのはありません。どんな貸出先にも、大なり小なり破綻するリスクが存在します。その対価として金利を受け取ります。したがって、信用度が高い貸出先の融資は金利が低く、信用度が低いと金利は高くなります。
 信用度に応じて金利が変わるということは、銀行が資金を調達する場合にもあてはまります。現在、銀行が預金者から預かる金利には大きな差はありませんが、銀行が市場から資金を調達する場合は、信用度が高い銀行ほど低い金利で資金を集められます。
 もし、銀行が預金ではなく、すべて市場から資金を調達して、その資金を原資に貸出を行うとしましょう。市場では銀行も一般企業も同様に信用による格付けが行われ、金利は段階的に差がついています。そのため、銀行が貸出により利ザヤを確保するためには、自らが市場で調達した金利より、高い金利を付けることができる信用力が劣る企業に貸出を行わなければなりません。つまり、銀行が自分より使用力の高い企業、例えばトヨタ、あるいは国にカネを貸しても逆ザヤになるだけで、儲かるわけはないのです。
 だから、銀行は自分より信用度の低い企業に貸出を行い、収益を獲得してきたのですが、カネ余りの中でどこの銀行も事情は同じですから、そうした信用度の低い企業に対する貸出が増加しました。そうすると、競争原理から信用リスクの高い企業に対する貸出の金利が下がってきます。世界的低金利の中、優良企業に対する貸出金利はほとんどゼロに近づき、下げ余地がなくなっていますから、かつて存在したクレジットリスクに応じた金利差が徹底的に圧縮され、銀行のリターンも減少しているのです。

期間リスク
 ただ、優良企業に対する貸出でも収益を上げることができる場合があります。それは期間リスクを取ることです。貸出期間が長いほど、貸倒リスクは高まりますから、金利は高くなります。銀行預金は1年以内の短期が大部分なので、10年とかの長期貸出を行えば、利ザヤが獲得できるはずです。ですから、かつては期間10年の国債を購入すれば、国の信用度は当該国内で最高級に位置づけられるので、クレジットリスクのリターンは望めなくても、期間リスクに応じたリターンは取れたのです。ところが、長期貸出金利の指標となるこの長期国債の金利は、民間の購入に加え、異次元の金融緩和に伴う日銀の購入による強烈なインパクトで、ほとんどゼロに張り付いてしまっている状況です。その結果、期間リスクに応じたリターンも消滅してしまいました。

カネ余りが収益機会をつぶす
 このように、カネ余りと異次元の金融緩和政策が銀行の収益機会をことごとくつぶしてきており、現状の金利体系はリスクに応じたリターンとは言えない状況です。経済的に平穏な状態が続けばいいのですが、ひとたび企業の破綻懸念が顕在化すれば、たちどころに銀行経営は苦しくなることが予想されます。だから、増益でも「かりそめ」という見出しが付けられるのであり、これからの将来に明るい展望が開けているように見えません。銀行はこれからのビジネスモデルをどう描くのかが問われています。

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「好循環のインフレに転換できるか」~会計的な視点から~

 我が国は、長い間デフレあるいはディスインフレ(低い物価上昇率)に苦しんできました。そこで、黒田氏の総裁就任以来、日銀はインフレを起こそうと努力してきたわけですが、功を奏しませんでした。ところが、今年はいよいよその待望のインフレが到来するかもしれません。ただし、これから到来するかもしれないインフレは、日銀が想定していたものと異なるものになりそうです。
 本稿では、これから到来が予想される「悪いインフレ」が、日銀が期待する「良いインフレ」に転化できるかどうかを考えてみたいと思います。

デマンドプル型とコストプッシュ型
 まず、日銀が期待するインフレと、今回到来するだろうと予想されるインフレとの違いを整理しておきます。
 インフレはその発生の違いにより、以下の2種類に大別されます。強い需要が物価を引き上げる「デマンドプル型」と、供給側の商品の原材料価格上昇が物価を押し上げる「コストプッシュ型」です。
 デマンドプル型は需要が需要を呼ぶ形でインフレを起こします。その結果、経済が拡大し、更なる物価上昇を呼ぶという、経済の好循環を引き起こします。
 一方、コストプッシュ型は原材料価格上昇が物価を押し上げます。原材料等の仕入価格が上昇すると、企業の利益を圧迫します。利益確保のため、まずは経費削減に努力しますが、それも限界となり、やむをえず商品価格を引き上げます。コストプッシュ型インフレでは経済の好循環は期待できません。
 デマンドプル型は経済の成長過程で生じる「良いインフレ」ですが、コストプッシュ型は国民生活が一層苦しくなる「悪いインフレ」となります。
 日銀はマネー流通量を飛躍的に増加させることでマネーの相対的価値を減少させ、モノの需要を活性化させることにより、デマンドプル型インフレを惹起させようとしてきました。しかし、これから起こるだろうと予想されるインフレはコストプッシュ型です。アメリカをはじめ欧米では既にインフレ傾向が顕著であり、その波が日本にも押し寄せそうな勢いなのです。原油を筆頭に、鉄、木材などの資材価格は上昇傾向にあり、さらに円安は輸入原材料価格の上昇に拍車をかけます。その結果、企業間取引における財の価格である企業物価は昨年の12月時点で既に8.5%上昇しています。企業も我慢の限界にきており、今年に入って食品をはじめとして、末端価格を値上げする企業が相次いでいます。
 これで消費者物価が上昇すれば、明らかに悪いインフレとなりますが、当初は悪いインフレでも、それを良いインフレに転化できればいいのではないかという議論も見受けられます。良いインフレと悪いインフレを分かつポイントは、物価の上昇に伴い賃金が増加するかどうかです。その点を会計的視点から見ていきましょう。

先行するのは売上高か経費か
 損益計算書的発想からすると、インフレの起点が重要です。デマンドプル型は先に需要が拡大しますから、まず売上高が起点となります。損益計算書のトップラインである売上高が増えれば、費用である賃金を増やしても利益の増加が期待できます。ですから、デマンドプル型は「需要拡大→賃金増加→需要拡大→」の好循環が起こるのです。
 一方、コストプッシュ型インフレでは売上高は変わらずに、原価や費用の増加が起点となりますから、利益を圧迫します。企業は利益を確保するために、まずその他の経費の削減を図ります。つまり経費の一項目である賃金には引き下げ圧力がかかります。それでも利益確保が難しいから、原価増大分を売上価格に転嫁しようとします。しかし、コロナ禍で現在の消費者需要は低迷し、将来を見通しても人口減から需要拡大は見込み薄であり、価格を引き上げると、数量減を招き、かえって売上高が減少してしまうかもしれません。したがって、単価引き上げは消費者の需要状況と競合他社の動向を見極めながら慎重に行わなければなりません。どんなに頑張っても、原価増加補填程度が精一杯であり、賃金増加分まではカバーできそうにありません(そこまで引き上げれば、今度は便乗値上げの批判を受けるでしょう)。
 つまり、コストプッシュ型インフレにおいて賃金を増加させ、そこから経済の好循環につなげることは容易ではなく、悪いインフレを良いインフレに転化させることはかなり難しいと予想されます。もしこの状況でインフレが到来すれば、不況下のインフレ、つまりスタグフレーションとなる可能性が高いと思われます。

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