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コラム

「国内貯蓄は低金利を支え続けられるか」~為替リスクとインフレリスク~

 近時、円安が急速に進展し、20年ぶりに1ドル130円を超え、大きな話題となっています。世界的にインフレ傾向にあることから、アメリカはじめ諸外国は金融緩和から金融引き締めに転じつつありますが、日本ではインフレ率が欧米ほどではないことや不景気感がまだ根強いことから、日銀は依然として低金利の金融緩和政策の維持を続ける姿勢です。他の条件に変動がなければ、通貨の需要は金利の高い方に集まりますから、さらに円安に進むことが危惧されています。
 物事には浮き沈みがあり、環境次第で円安になることがあればまた円高に戻ることもある、というような循環過程の一局面だと割り切れれば、日銀の姿勢も理解できます。ただ、この円安は金融緩和と財政拡大を主軸とするアベノミクス開始当初から懸念されていたことであり、本格的な「日本売り」の序章だとすれば、楽観は禁物です。

強固な円預金が金融緩和を支える
 金利も最終的にはマネーの需給バランスで決まります。つまり、日銀が低金利政策を維持できるのは、マネーの供給源として安定した国民の円預金がバックに存在するからです。日銀が発表する資金循環統計によれば、2021年末時点の家計の現預金1091兆円のうち、外貨預金はわずか7兆円、たった0.6%に過ぎません。どんなに金利が低くても強固に円預金をし続ける辛抱強い国民がいるから、日銀は金融緩和姿勢を保ち続けられるのです。
 しかし、産業の競争力が減退し日本経済の将来不安が高まるようになれば、今後の展開次第では、こんな低金利では円預金を継続できないと、国民が判断するような時期が来るかもしれません。「預金が海外に逃げる」いわゆるキャピタルフライトです。そうなると、日銀の低金利政策の維持も困難になります。果たして、日本人の円預金選好はこのまま続くのでしょうか。

円預金はリスクなしか
 国民は「日本経済を破綻から救うため」というような高尚な愛国心から、損を覚悟で円預金を続けているわけではありません。日本人が低金利にもかかわらず円預金を過度に選択する理由として、次のようなことがよく言われます。「日本人は保守的だからリスクを取るのを嫌い、高金利の外貨預金ではなく、低金利でも円を選択するのだ」と。
 確かに、円預金には外貨預金にあるような為替リスクは存在しません。日本で終生暮らし、消費も円で行う日本人にとって、円預金にリスクはない、というのも一理あるような気がします。しかし、消費の最終目的を見据えてリスクを考えると、円預金には為替リスクとは違うリスクが存在します。

インフレリスクの顕在化
 消費はマネーとモノとの交換ですから、最終的に問われるのはモノの価格との相関です。円で測ったモノの価格、すなわち物価が重要です。日本は長い間、物価が低下するデフレ傾向が続いていましたから、円預金はモノの価格との相関関係では決して損にはなりませんでした。ところが、これから世界的な物価上昇に巻き込まれ、日本もインフレ傾向になると話は違ってきます。モノの価格は上がるのですから、ゼロ金利の預金は相対的に目減りしていきます。つまり、円預金でもインフレリスクは存在するのです。
 これまで円預金においてインフレリスクを意識せずに済んだのは、単にデフレ傾向にあったからに過ぎません。インフレに転じればインフレリスクを意識せざるを得なくなります。インフレリスクが高まれば、モノや株式等の投資商品を買うことの他、高金利の外貨預金への振り替えという選択肢も浮上します。

低金利政策が維持できるか
 手数料は下がり、システムは改善し、外貨預金は以前よりずっと取り組みやすくなっています。インフレリスクが顕在化してもなお、日本人は為替リスクを嫌い、ほとんど金利が付かない円預金を継続するのか。あるいは、どうせインフレリスクがあるなら、この際、為替リスクを取り、高金利の外貨預金を選択しようとするのか。現在は1%に満たない外貨預金比率ですが、それが10%になるだけで状況はかなり違ってきます。そうなると、巨額の財政赤字のファイナンスが国内預金だけでは難しくなり、低金利政策の維持も難しくなります。
 現在の我が国の経済は低金利政策によって支えられています。低金利政策が維持できなくなると、財政収支を筆頭に日銀の収支や個人の住宅ローン、借入過多の企業の存続にも大きな影響を与えます。その意味で、私は、国民の円預金の動向が今後の日本経済の大きなカギになるのではないかと考えています。

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「コストを下げるか、販売価格を引き上げるか」

 利益は、いうまでもなく販売価格からコストを控除して算定されます。その利益が常に十分に安定的にあればいいのですが、それはそう簡単なことではありません。一般に想定されるよりも多く発生する利益を、経済学的にはレント(超過利潤)といいますが、レントがあれば新規参入が続き、販売価格が低下し、いずれレントはなくなるとされています。
 競合企業の参入により、販売価格が低下し、十分な利益が確保できなくなってきたとき、どうするか。企業には、コストを引き下げるか、あるいは新たな価値を追加して販売価格を引き上げるか、の2つの選択肢があります。

企業の外で決まる販売価格と企業の中で決まるコスト
 ここで注意しなければならないのは、販売価格とコストの決まり方の違いです。
 製品の販売価格は、かつての電力のような独占の場合を除き、特定の企業に価格決定権はなく、市場における需要と供給のバランスで決まります。販売価格は製品を提供する企業が自分で決めているように見えますが、実際には市場の需給動向をにらみながら、受動的に市場価格を受け入れているにすぎません。つまり、販売価格は市場、つまり企業の外で決まります。
 ところが、製品を作るためのコストは違います。コストは原材料の仕入価格や人件費などから構成されます。それらの価格は販売価格と同様に市場で決まりますが、そこで成立した価格を前提に、企業努力と工夫次第で企業の中で変動させることができます。放漫経営を行っているとコストは上がりますが、経費節減を徹底すればコストを抑え、他社に差をつけることは可能です。

コストをかけても販売価格を引き上げるか
 販売価格とコストの差が縮まり、利益が落ちてきたとき、企業が第一に考えるのはコスト削減です。販売価格は所与であるのに対し、コストは自助努力で、ある程度コントロールできるからです。仕入先や発注方法を変え原材料を安く抑えたり、ロボットを導入するなどして生産工程を改善すれば、コストを削減することができます。
 一方、前述したように販売価格は市場で決まりますから、自分の力では動かせません。ただ、それは現在の製品スペックを前提にしているからです。新しい製品を開発したり、既存の製品に新たな付加価値を付けたりして、新たな市場を開拓すれば、販売価格を引き上げることが可能です。しかし、新製品開発や製品の付加価値を高めるためには投資が必要となり、コストの増加につながる可能性が大きくなります。

相反する人件費
 企業は単純にコスト引き下げに走るか、コストをかけても付加価値をつけ、販売価格引き上げに挑むかの選択を迫られることになります。それが象徴的に表れるのが人件費です。コストを引き下げるなら、人件費は削減しなければなりませんが、付加価値を生むアイデアは人から生まれますから、高付加価値を志向するなら、人件費削減は逆効果です。
 利益を出すために、多くの企業は人件費を削減し、コスト引き下げを選択するでしょう。というのは、コストの削減は主として企業努力で実現し、効果が確実に見えるからです。これに対し、製品の付加価値増を期待し人件費を増やしたとしても、本当に販売価格を引き上げるほどの付加価値を実現できるかどうかは、市場の受け入れ方次第で不確定です。また、利益が落ちている中でのコスト増加になりますから、失敗した時の責任も免れません。

企業家に求められる勇気
 そういうことを考えると、人件費を削減しコスト圧縮を志向するのは個別企業の経営判断としては合理的な選択だといえます。しかし、すべての企業がその合理的な選択をすると、国全体の従業員の賃金が下がり、購買力が落ち、経済は縮小均衡に陥ります。それがバブル崩壊以後の日本経済衰退の要因の一つではなかったのではないかと私は思っています。
 我が国の国民性の特色の一つに、同調圧力の強さがあるといわれています。強い協調性は、経済が上り調子の時は、経済成長に拍車をかけますが、経済が下り坂になると、皆が一斉に同じ行動をとりますから、下り坂にブレーキをかける力が働かなくなります。下り坂を反転させるには、大多数とは違うことをしようとする異分子の力が不可欠です。
 簡単なことではないのですが、製品に付加価値を付け、新市場開拓に挑戦する勇気も企業家に求められる重要な素養であることを忘れてはならないと思います。

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「銀行が取るリスクとリターン」

 2021年4~12月の上場銀行の業績は増益決算となったようです。しかし、この好決算は21年3月までに受け付けた、信用保証協会が保証することによる貸倒リスクがゼロで、さらに都道府県が利子補給することによる実質金利がゼロになる、いわゆる「ゼロゼロ融資」の急増と、そのゼロゼロ融資を中心としたコロナ緊急融資対応で倒産が減少したことに伴う貸倒引当金の縮小によるものと受け取られています。日本経済新聞は「地銀、かりそめの好決算」という見出しで報じており(22年2月15日)、好決算は一時的要因によるもので、経営の本質的な厳しさは変わらないというトーンで報じています。
 銀行の苦境は本業である貸出の収益低迷が主因です。銀行も投資信託販売等に係る手数料収入や有価証券運用等の貸出以外の収益拡大に努力してきているのですが、期待通りの結果をもたらしているとはいえず、収益基盤は依然貸出に依存しています。貸出の収益低下はいうまでもなく、カネ余りに伴う金利低下で利ザヤが縮小したことによるのですが、その利ザヤ縮小を銀行が取るリスクとリターンの視点から検証してみたいと思います。

 ビジネス上のほとんどの収益(リターン)はリスクを取る対価として発生します。銀行の本業である貸出収益のリスクは最終的には貸倒リスクという言葉に帰着するのですが、その貸倒リスクは、大きくクレジットリスクと期間リスクとに分解することができます。

クレジットリスク
 クレジットリスクとは貸出先の個別の信用状態に起因する貸し倒れに対するリスクです。100%安全な貸出先というのはありません。どんな貸出先にも、大なり小なり破綻するリスクが存在します。その対価として金利を受け取ります。したがって、信用度が高い貸出先の融資は金利が低く、信用度が低いと金利は高くなります。
 信用度に応じて金利が変わるということは、銀行が資金を調達する場合にもあてはまります。現在、銀行が預金者から預かる金利には大きな差はありませんが、銀行が市場から資金を調達する場合は、信用度が高い銀行ほど低い金利で資金を集められます。
 もし、銀行が預金ではなく、すべて市場から資金を調達して、その資金を原資に貸出を行うとしましょう。市場では銀行も一般企業も同様に信用による格付けが行われ、金利は段階的に差がついています。そのため、銀行が貸出により利ザヤを確保するためには、自らが市場で調達した金利より、高い金利を付けることができる信用力が劣る企業に貸出を行わなければなりません。つまり、銀行が自分より使用力の高い企業、例えばトヨタ、あるいは国にカネを貸しても逆ザヤになるだけで、儲かるわけはないのです。
 だから、銀行は自分より信用度の低い企業に貸出を行い、収益を獲得してきたのですが、カネ余りの中でどこの銀行も事情は同じですから、そうした信用度の低い企業に対する貸出が増加しました。そうすると、競争原理から信用リスクの高い企業に対する貸出の金利が下がってきます。世界的低金利の中、優良企業に対する貸出金利はほとんどゼロに近づき、下げ余地がなくなっていますから、かつて存在したクレジットリスクに応じた金利差が徹底的に圧縮され、銀行のリターンも減少しているのです。

期間リスク
 ただ、優良企業に対する貸出でも収益を上げることができる場合があります。それは期間リスクを取ることです。貸出期間が長いほど、貸倒リスクは高まりますから、金利は高くなります。銀行預金は1年以内の短期が大部分なので、10年とかの長期貸出を行えば、利ザヤが獲得できるはずです。ですから、かつては期間10年の国債を購入すれば、国の信用度は当該国内で最高級に位置づけられるので、クレジットリスクのリターンは望めなくても、期間リスクに応じたリターンは取れたのです。ところが、長期貸出金利の指標となるこの長期国債の金利は、民間の購入に加え、異次元の金融緩和に伴う日銀の購入による強烈なインパクトで、ほとんどゼロに張り付いてしまっている状況です。その結果、期間リスクに応じたリターンも消滅してしまいました。

カネ余りが収益機会をつぶす
 このように、カネ余りと異次元の金融緩和政策が銀行の収益機会をことごとくつぶしてきており、現状の金利体系はリスクに応じたリターンとは言えない状況です。経済的に平穏な状態が続けばいいのですが、ひとたび企業の破綻懸念が顕在化すれば、たちどころに銀行経営は苦しくなることが予想されます。だから、増益でも「かりそめ」という見出しが付けられるのであり、これからの将来に明るい展望が開けているように見えません。銀行はこれからのビジネスモデルをどう描くのかが問われています。

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「好循環のインフレに転換できるか」~会計的な視点から~

 我が国は、長い間デフレあるいはディスインフレ(低い物価上昇率)に苦しんできました。そこで、黒田氏の総裁就任以来、日銀はインフレを起こそうと努力してきたわけですが、功を奏しませんでした。ところが、今年はいよいよその待望のインフレが到来するかもしれません。ただし、これから到来するかもしれないインフレは、日銀が想定していたものと異なるものになりそうです。
 本稿では、これから到来が予想される「悪いインフレ」が、日銀が期待する「良いインフレ」に転化できるかどうかを考えてみたいと思います。

デマンドプル型とコストプッシュ型
 まず、日銀が期待するインフレと、今回到来するだろうと予想されるインフレとの違いを整理しておきます。
 インフレはその発生の違いにより、以下の2種類に大別されます。強い需要が物価を引き上げる「デマンドプル型」と、供給側の商品の原材料価格上昇が物価を押し上げる「コストプッシュ型」です。
 デマンドプル型は需要が需要を呼ぶ形でインフレを起こします。その結果、経済が拡大し、更なる物価上昇を呼ぶという、経済の好循環を引き起こします。
 一方、コストプッシュ型は原材料価格上昇が物価を押し上げます。原材料等の仕入価格が上昇すると、企業の利益を圧迫します。利益確保のため、まずは経費削減に努力しますが、それも限界となり、やむをえず商品価格を引き上げます。コストプッシュ型インフレでは経済の好循環は期待できません。
 デマンドプル型は経済の成長過程で生じる「良いインフレ」ですが、コストプッシュ型は国民生活が一層苦しくなる「悪いインフレ」となります。
 日銀はマネー流通量を飛躍的に増加させることでマネーの相対的価値を減少させ、モノの需要を活性化させることにより、デマンドプル型インフレを惹起させようとしてきました。しかし、これから起こるだろうと予想されるインフレはコストプッシュ型です。アメリカをはじめ欧米では既にインフレ傾向が顕著であり、その波が日本にも押し寄せそうな勢いなのです。原油を筆頭に、鉄、木材などの資材価格は上昇傾向にあり、さらに円安は輸入原材料価格の上昇に拍車をかけます。その結果、企業間取引における財の価格である企業物価は昨年の12月時点で既に8.5%上昇しています。企業も我慢の限界にきており、今年に入って食品をはじめとして、末端価格を値上げする企業が相次いでいます。
 これで消費者物価が上昇すれば、明らかに悪いインフレとなりますが、当初は悪いインフレでも、それを良いインフレに転化できればいいのではないかという議論も見受けられます。良いインフレと悪いインフレを分かつポイントは、物価の上昇に伴い賃金が増加するかどうかです。その点を会計的視点から見ていきましょう。

先行するのは売上高か経費か
 損益計算書的発想からすると、インフレの起点が重要です。デマンドプル型は先に需要が拡大しますから、まず売上高が起点となります。損益計算書のトップラインである売上高が増えれば、費用である賃金を増やしても利益の増加が期待できます。ですから、デマンドプル型は「需要拡大→賃金増加→需要拡大→」の好循環が起こるのです。
 一方、コストプッシュ型インフレでは売上高は変わらずに、原価や費用の増加が起点となりますから、利益を圧迫します。企業は利益を確保するために、まずその他の経費の削減を図ります。つまり経費の一項目である賃金には引き下げ圧力がかかります。それでも利益確保が難しいから、原価増大分を売上価格に転嫁しようとします。しかし、コロナ禍で現在の消費者需要は低迷し、将来を見通しても人口減から需要拡大は見込み薄であり、価格を引き上げると、数量減を招き、かえって売上高が減少してしまうかもしれません。したがって、単価引き上げは消費者の需要状況と競合他社の動向を見極めながら慎重に行わなければなりません。どんなに頑張っても、原価増加補填程度が精一杯であり、賃金増加分まではカバーできそうにありません(そこまで引き上げれば、今度は便乗値上げの批判を受けるでしょう)。
 つまり、コストプッシュ型インフレにおいて賃金を増加させ、そこから経済の好循環につなげることは容易ではなく、悪いインフレを良いインフレに転化させることはかなり難しいと予想されます。もしこの状況でインフレが到来すれば、不況下のインフレ、つまりスタグフレーションとなる可能性が高いと思われます。

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「ストックとフローで考える国債・GDP比率」

 よく知られているように、決算書の数値にはストックのものとフローのものがあります。ストックの数値とフローの数値を見比べる財務指標は、その性格の違いに留意して評価しなければなりません。そして、それと同様なことは国家の計数である国債やGDP(国内総生産)についてもあてはまります。

借入金と売上高
ストックとは一定時点における残高であり、フローは一定期間における流れた数量の合計値です。決算書の貸借対照表はストックの数値であり、損益計算書はフローの数値です。決算日が3月末であれば、資産や借入金等の貸借対照表の数値は3月31日現在における残高ですし、売上高や利益などの損益計算書の数値は前年の4月1日から本年の3月31日まで発生した数値の累計になります。ですから、同じような数字が並んでいても、数値の性格が異なります。両者の重要な相違点は、ストックの数値は次期以降引き継がれるのに対し、フローの数値は毎年ゼロから積み上げなければならないという点にあります。
 企業目的が利益の極大化にあるとするなら、利益はフローですから、フローの売上高が必要になり、売上高拡大のためにストックである資産をどのように用意し、そのために借入金をどのように利用するかが、経営者の経営手腕だということになります。
 経営を評価する指標として借入金・売上高比率(借入金÷売上高)があります。これはストックである借入金とフローの売上高の比較であり、この数値は小さいほどよしとされます。たとえば、銀行から資金を借り入れて設備投資をして、売上高拡大を図ろうとする企業があったとします。すると、分子の借入金が増加しますから、借入金・売上高比率を悪化させないためには、分母である売上高が相応に増えなければなりません。ここで、借入金と売上高の性格の違いが重要になります。借入金はストックですから、その残高は返済分を除き次期以降に引き継がれますが、売上高はフローですから、毎期ゼロから積み上げなければなりません。つまり、借入金・売上高比率をある程度維持するためには、借入金による設備投資効果は1期だけでなくフローとして継続的に売上高拡大をもたらすものが必要になります。
 そんなことは企業経営では、誰でも知っている当然の理屈です。それは国家経営にもあてはまると思います。

国債とGDP
 国家では企業のように複式簿記を採用していないので、ストックとフローを明確に意識することは余りありませんが、この考え方を援用することができます。財政健全化指標として真っ先に挙がるのは国債・GDP比率(国債÷GDP)です。ここで、前述のストックとフローの概念を用いると、国債は政府の借金としてストックの数値となり、GDPは一定期間における付加価値の合計高ですから、フローの数値になります。
 今、盛んに議論されている国債を発行して、それを財源に給付金や助成金を支給するということをストックとフローの観点から整理すれば次のようになります。政府支出が産業構造改革や技術革新のような成長のための投資に充てられるなら、GDPに対する継続的効果が期待できますが、給付金や助成金などのバラマキ型の消費刺激目的のGDP拡大効果は単発的なものに終わります。給付金や助成金を支給すれば、個人の消費が増加してその年のGDPは増加しますが、GDPはフローですから、その効果は1回限りで、翌年からはまたゼロから積み上げなければなりません。来年、給付金や助成金がストップしてしまえば、その分GDPは減少するでしょう。ですから、GDPを維持するためには、再度給付金や助成金の支出が必要になります。一方、その財源となった国債はストックですから、償還しない限り、次年度以降に引き継がれます。つまり、消費刺激の財源を国債に頼るということは、フローのGDP拡大は単発で終わるのに対し、ストックの国債の残高は累積的に積み上がることにより、国債・GDP比率は悪化し続けることになります。我が国の財政悪化の深化はこうした歴史を如実に物語っています。
 言うまでもなく、本当に困っている人に給付金等を支給することは国家として当然の責務です。それとは別の次元で、財政健全化問題を考えるに際し、企業会計で利用される複式簿記におけるストックとフローの概念の応用は有効だと思います。先の総選挙における与野党のバラマキ的な選挙公約を見て、そんなことを感じました。

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「金融所得課税見直しの論点整理」

 自民党総裁選において、一時、金融所得課税の見直しが話題となりました。総裁選に立候補した岸田氏が当初、見直しについて前向きと見られる発言をしたからです。ただ、その後修正したため、結局は当面見直すことはなさそうです。しかし、貧富の格差問題はそう簡単に解消しませんから、金融所得課税の見直しは、今後、折に触れ浮上してくると思われます。
  この間、賛成、反対両派から様々な主張がなされたのですが、どうも議論がかみ合っていません。そこで、その論点を整理したいと思います。

累進税率の所得税と一定税率の金融所得課税
  金融所得をはじめとしたいくつかの例外はありますが、個人所得にかかる課税については、基本的にその年に生じた所得を合算して、所得が上がるほど税率が高くなる累進税率を適用しています。現在では、4000万円を超える所得に対しては最高税率の45%(住民税分を加えると55%)が課されています。所得が高い人ほど、税率が高くなり、多くの税額を納付する仕組みになっています。
 一方、株式や投資信託などから生じる金融所得に対しては、原則として総合課税とはせず分離課税として、所得金額にかかわらず一定税率の20%(所得税15%と住民税5%)を課税しています。したがって、所得が増加するにつれ、累進税率である所得税に比べて、一定税率の金融所得課税の方が有利となります。金融所得が多いのは富裕層ですから、金融所得課税は金持ち優遇だと、かねてより批判されていました。
 金融所得課税を強化する手法には分離課税ではなく総合課税とする方法と、分離課税のまま20%の税率を引き上げる方法の2つが考えられますが、その手法論はさておき、金融所得について増税することの反対論と賛成論の主張を概観してみましょう。

反対論と賛成論
 金融所得の中心は株式関連の配当や売却益になりますから、課税強化の反対論は主として株式市場の立場からなされます。株式市場は資本主義の中核であり、株式市場に多くのマネーを流入させることで、有望な企業に資金が集まり、経済が活性化すると考えます。ここで、どういう形にしろ、金融所得課税を強化すれば、株式市場への資金流入が細り、新規産業を育てることが難しくなってしまいます。我が国は米国などに比べ家計貯蓄における預金の比重が多いことから、「貯蓄から投資へ」は長年の課題であり、金融所得課税を強化すればその流れに水を差すことになる、というのが主たる反対理由です。
 一方、賛成論は主として貧富の格差是正の立場からのものになります。富裕層は株式などの金融所得が多いのに対し、一般庶民は勤労所得が多くなります。そのため、勤労所得より金融所得を優遇すれば、貧富の格差は拡大します。また、国民経済的にも富裕層より貧困層の方が消費性向は高いのですから、富裕層への課税を強化して、それを財源に貧困層に再分配すれば消費需要は高まり、経済的にも好ましいはずだと、説きます。

株価対策か需要拡大か
 貧富の格差は社会的問題として重要ですが、それはさておき、ここでは経済的問題に論点を絞ることとします。とすると、株式市場にマネーを呼び込むことによる経済の活性化と、より消費性向の高い階層に所得を移転することによる需要の拡大の比較の問題になります。ただ、両者は同じ経済といっても、供給側と需要側の問題で、直接の比較考量は難しく、様々な意見がありえますが、私は次のように考えます。
 確かに、マネーをより多く株式市場に呼び込むことは資本主義の基盤といえます。ただ、昨今の我が国の産業界の事情を見れば、長年にわたって金融所得を優遇しているにも関わらず、アメリカのIT産業のような新規産業は育っていません。多分、新産業立ち遅れの要因は市場におけるマネー不足というより、教育、経済を含めたより広範な社会的要因によるものだと考えた方がいいと思います。現状では株式市場に招き入れたマネーは、産業の育成に充てられるというより、単に株価維持のための道具として重宝され、結果として、既存株式市場のマネーゲームに使われているに過ぎないと思われます。つまり、金融所得課税強化に対する反対論の本音は産業の育成ではなく、単なる株価対策ではないかと考えられるのです。しかし、株価対策の本筋は株式市場におけるマネー需給を操作することではなく、実体経済の立て直しによるべきです。株式市場にマネーを吸引するのは税制の優遇ではなく、実体経済の回復にあるということを認識すべきでしょう。
 そうしたことを考えれば、金融所得課税を強化して、その財源を消費性向の高い階層に再分配して、消費需要を盛り上げ、実体経済を立て直すことに力を注いだ方がいいのではないかと、私は考えます。

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「新自由主義的税制の見直し気運」

 このほど、経済協力開発機構(OECD)加盟国など136の国と地域が法人税の最低税率を15%にすることについて合意に達しました。2023年からの導入を目指します。この合意はこれまでの税制の潮流を変える大きな転換点になるものだと思います。

税制にも競争を
 ここ数十年、アメリカを中心とした世界の経済界を主として支配してきた思想は「新自由主義」といわれるものでした。新自由主義は、政府による市場への介入は最低限に抑え、できるだけ個人や企業の自由を尊重した経済活動を進めようとする考え方です。個人の自由度を最大限広げることが、経済パフォーマンスを向上させる最善の方策だと信じる思想です。
 この思想を貫徹すれば、税制も政府による介入の一種ですから、法人税や所得税の税率はできるだけ低い方が望ましいということになります。また、国など公的機関においても民間と同様な競争が求められます。それは、税率の引き下げ競争にとどまらず、個人や企業などが自由な経済活動を行いやすいように制度や設備を整備することも含まれます。
 こうした思想に基づいて、企業や個人が自由な経済活動を行った結果、経済全体が拡大し、拡大した経済の恩恵を受ける形で、最終的に経済的弱者も潤い(いわゆる「トリクルダウン」効果)、国民全体が豊かになると同時に、税率引き下げ分はパイの拡大でカバーし、税収も大きくは減少することはない、というのが新自由主義の狙いとする経済社会です。

効果がなかった
 しかし、実際に起こったことは、先進国では経済の停滞は続き、お金持ちはより豊かになったのですが、その恩恵が低所得層に及ぶことはなく、貧富の格差は拡大しました。また、国家レベルでは税率引き下げにより法人税収は落ち込む一方、低所得層対策のための福祉支出に加え、近年ではコロナ対策のための経費が追い打ちをかけて、財政赤字の拡大を招きました。そこで各国政府はたまらず、税率引き下げ競争に終止符を打つべく、今回の世界的な法人税の最低税率の合意となったわけです。

ふるさと納税も新自由主義的
 民間においては、個人の創意工夫を最大限に活かして、経済発展しようとする新自由主義的思想は、賛否はあるでしょうが、昔からあり、今後ともなくなることはないでしょう。しかし、それを公的な税制にまで適用することは、どんなに高邁な理想を述べたところで、終局的には、税率引き下げ競争に終始し、トータルとすれば税収の落ち込みを招くだけの結果になることが明確になったのだと思います。
 こうした競争的要素を取り入れた新自由主義的税制は国内にもあります。その代表はふるさと納税です。ふるさと納税のそもそもの発想は、税収を国から交付される地方交付税ばかりに頼るのではなく、地方自治体にも競争原理を導入し、特色のある政策を実行することで魅力ある自治体になり、そこに住んではいないが、そうした自治体を応援したいと考える人々から住民税を納めてもらい、そのお礼として返礼品を送る、というものであったはずです。ところが実態は、魅力ある地域づくりという理想はそっちのけで、返礼品の良し悪しを巡る競争に堕してしまっています。
 今では、商品券を配るといったような行き過ぎた返礼品競争は幾分是正されたようですが、それでも税率引き下げ競争の実態に変わりはありません。国民全体が納付する住民税額は同じなのですから、トータルで計算すれば、返礼品の分だけ、日本全体の地方自治体が受け取る住民税額は減少するのは自明です。これから福祉や医療制度の充実のために益々公的サービスの拡充が求められる中で、住民税が主として富裕層が得をする返礼品に消えてしまうのは合理的とは言えません。
 ふるさと納税は前首相肝いりの政策であっただけにこれまでやや聖域視された感がありますが、政権が変わると同時に、世界的に新自由主義的税制の見直しが叫ばれていることから、今後どのように変わっていくか(あるいは変わらないのか)が注目されます。

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「テレワークで問い直される経営方針」

 コロナの感染拡大に歯止めがかからず、首都圏を中心に、テレワークの拡大が求められています。行政からの出勤削減要請は7割減でしたが、この水準は小手先のやりくりでどうにかできるレベルではありません。仕事全体をゼロベースでたな卸し、それぞれの業務がテレワークで対応可能かどうか、徹底的に見直す必要があります。逆に言えば、こうしたことがなければ、その効率性を検証することなく、惰性で行っていた仕事を洗い直すいい機会だととらえることもできます。
 従来、私は、テレワークの拡大は単なる仕事のやり方の変更に過ぎないと思っていたのですが、最近は、もっと根源的な経営の根幹を問い直すものになるのではないかという風に感じています(以下では、オンラインによるテレビ会議及びテレビ営業を含めたものをテレワークと称します)。

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「虚脱感漂うインフレ目標」

 黒田氏が日銀総裁就任時、自信満々に短期間で実現すると言っていた2%のインフレ目標はこれまで実現できませんでしたし、今後も当分達成が難しそうな状況です。ただ、海外に目を転じると、アメリカではコロナ禍からの景気急回復で6月は5%以上の物価上昇率を示し、FRB(連邦準備制度理事会)は金融緩和の解除も考え始めているといった報道や、木材や鉄などの資材価格上昇のニュースも伝えられてきており、少し様相が異なってきているように見えます。この辺で少し視点を変えて、インフレ(物価上昇)となる可能性も視野に入れておくのも必要なことかもしれません。
 どういう形であれ長年苦しんできたデフレから脱却し、物価が上昇しさえすれば、それでオーケーかというと、そういうわけにはいきません。現状では物価の上昇がかえって、経済の足を引っ張る可能性が高いのではないかと私は思います。


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「平時の無駄か、非常時の備えか」

 新型コロナ感染拡大に伴い、業種によって濃淡はありますが、企業は大きな打撃を受けています。直撃された業界にとっては、現在は非常時にあります。企業は非常時においてその耐久力が問われます。非常時の耐久力には平時の備えが必要になりますが、過度な備えは無駄につながります。「無駄なのか、備えなのか」、経営はいつの時代もそのバランスが問われます。

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