コンピュータ将棋と一線級のプロ棋士が対決する「第3回将棋電王戦」が行われました。前回はコンピュータの3勝1敗1分け、今回も4勝1敗でコンピュータの勝利に終わりました。少し前までは、将棋はチェスなどに比べて、成り駒や獲得駒の再使用など、駒の変化のバリエーションが多く、コンピュータがトッププロに勝つようになるのは相当先になるだろう、という意見が大勢でした。でも、コンピュータソフトの進歩はそうした予測をはるかに超えています。
なぜ、コンピュータソフトは強いのか、と聞かれたあるプロ棋士は次のようなことをいっていました。
「コンピュータもプロ棋士も最善手を探すことについてはほとんど差がない。最も大きな違いは後悔の有無だ。人間は一度悪手を指すと、その悪手について後悔の念から迷いが生じて、その後の指し手も間違えることが多い。ところが、コンピュータは悪手を指しても、それがその後の指し手に影響することなく、常に平常心で最善手を探し続けられる。」
私はこの話を聞いて、常に過去の指し手に惑わせ続けられる人間に勝ってほしいと思いました。そのとき、ふと「それは、いつも会社の経営者に対して自分が言っていることと違うな」とも感じました。それは埋没原価(サンクコスト)についてです。
アベノミクス効果で、物価が上昇し企業収益が好転したとしても、個人の収入が変わらなければ、個人にとっては物価上昇分だけ実質可処分所得が減少し、経済は持続的に拡大しません。しかも、持続的拡大のためには個人の収入増加は一時金ではなく、恒常的な収入増加をもたらす定期給与のアップが望ましい、ということになります。そこで、企業にベースアップ(ベア)を期待するという異例の要望が政府から出されました。ベアをするかどうかは企業自らが決めることであり、政府の要望には違和感がありますが、政府とすれば、利益が上がり、キャッシュも貯まっており、給与を上げる環境は整っているのだから、ベアをしろといいたいのでしょう。
こうしたことを背景に、最近の新聞紙面にはベア実施のニュースが踊ります。ただ、ベアを実施する企業は円安で潤う東京を中心とした大企業がほとんどであり、中小企業を含めた国全体のコンセンサスが得られているといった状況ではありません。しかも、景気拡大のためにはベアが持続的に実施されることが必要ですが、ベアを実施する企業でも「政府の要望もあり」、本年は特別といったニュアンスが強いように感じます。
日本の企業は概して、ベアに慎重で、内部留保を優先する傾向が多いように見受けられるのはなぜでしょう。
デフレではモノの値段が下がり、裏腹にカネの価値が上がります。モノの価格は年々下がるのですから、先に行けばいくほど同じモノを安い価格で手に入れることができます。だから、段々モノを買わなくなり、不況は深刻化します。それで益々モノの値段が下がりデフレは続くということになります。これがデフレスパイラルです。
デフレのままでは経済が活性化しないということで、何とかデフレからインフレに持っていこうとして、日銀の異次元の金融緩和が開始されました。インフレになれば、デフレとは逆に、先に行けばいくほどモノの値段が上がりますから、皆がいち早くモノを買うようになり、経済が活性化するというのです。日銀の量的緩和でインフレに転換させようとする政策を「リフレ政策」といいますが、このリフレ政策の有効性について経済学者の間で激しい議論があり、その妥当性は検証されているわけではありません。ここではリフレ政策の有効性の議論はさておき、仮に政府・日銀の思惑通り、インフレに転換したとして、企業行動に与える影響を考えてみます。