トランプ関税で世界中は大混乱ですが、日米間では一応、関税率15%ということで合意したようです。ただ、合意内容の詳細は明確ではなく、相も変わらず身勝手な暴君に振り回されているような感じで釈然としません。関税率が高くなり、自由貿易が衰退すれば、経済成長は鈍化せざるをえません。「貿易戦争に勝者はない」というのは常識であり、トランプ関税の非合理性をどのように訴えるかが重要だと思います。
関税の実質的負担者は?
とにかく、関税をかけることにより、米国政府は関税収入を得ることになります。ところでその税収入は誰が払っているのでしょう。つまり、関税の実質的負担者は誰なのかを考えてみたいと思います。
関税が課される外国からの輸入品は「①外国(日本)の輸出企業→②アメリカの輸入企業→③アメリカの消費者」のルートで消費者に届きます。関係者はこの3者ですから、この内の誰かが負担者になると思われます。
関税はアメリカの輸入企業が商品を輸入する段階で課されますから、関税の形式的な納税義務者は原則的に②の輸入企業になります。しかし、納税義務者がそのまま実質的負担者になるわけではありません。実質的負担者は関税賦課により実質的に負担を被っている人になります。輸入企業は外国から商品を輸入し、一定のマージンを乗せてアメリカ国内の消費者に販売しています。関税が賦課されることに伴いそのマージンを圧縮すれば、輸入企業も関税の一部を実質的に負担していることになります。このように輸入企業も負担している場合もあるのですが、常識的に考えれば①の日本の輸出企業か、③のアメリカの消費者の負担が大きそうです。そこで、話を簡明にするために、②のアメリカの輸入企業のマージンを関税の賦課前も後も0だと仮定して、日本の輸出企業とアメリカの消費者の負担割合を考えてみます。
外国の輸出企業かアメリカの消費者か
関税賦課前まで、100ドルでアメリカの消費者に販売していた輸入商品に15%の関税を課したとします。輸出企業が輸出価格を変えずに、関税分を100%販売価格に上乗せすると、アメリカでの販売価格が115ドルになります。アメリカの消費者はこれまでより15ドル高い価格でその商品を買わなければなりませんから、この場合は、関税を実質的に負担しているのはアメリカの消費者ということになります。
一方、販売価格が15%上昇すると、販売量は相応に減少してしまいますから、それを嫌って、日本の輸出企業が輸出価格を引き下げることもあります。たとえば、関税賦課後でもアメリカでの販売価格100ドルを維持するために、輸出価格を87ドルに引き下げるとします。そうすると、15%の関税をかけられるとアメリカでの販売価格は100ドルになり、関税賦課前の価格を維持することができます。この場合は、日本の輸出企業の利益は大きく減少しますから、関税の実質的負担者は日本の輸出企業ということになります。
まとめると、関税賦課後、輸出価格を変えずに関税分を消費者販売価格にそのまま転嫁できれば、アメリカの消費者が関税の実質的負担者になります。一方、輸出価格を関税分だけ引き下げ、消費者販売価格を関税賦課前と同じに維持すれば、外国の輸出企業が実質的負担者になります。実際の着地点は商品によって異なり、両者の中間のどこかに存在することになると思われます。
短期的には輸出企業負担
トランプ大統領の狙いは、言うまでもなく、外国の輸出企業の負担により関税を賦課するところにあります。他方、関税分が十分にアメリカの販売価格に転嫁され、関税の実質的負担者がアメリカの消費者であることを明確にできれば、関税引き上げの意味を失います。そのときは、高関税によりアメリカの消費者物価が上昇し、景気も悪化し、アメリカ国民の不満は高まりますから、トランプ政権も政策転換を迫られるようになるでしょう。
私としては後者であってほしいと思うのですが、最近の新聞等によれば、輸出企業は輸出価格を切り下げ、一方、アメリカの物価上昇はそれほどでもない、という報道が多く見受けられます。こうした報道から判断する限り、現段階では、関税を実質的に負担しているのはトランプ大統領の思惑通り、外国の輸出企業になっているのかもしれません。アメリカ以外の市場を開拓し、アメリカでの販売量が落ちても構わないと割り切ることができれば、輸出価格を維持することは可能でしょうが、巨大なアメリカ市場を軽視することは難しく、輸出価格を相当程度引き下げざるを得ない、ということなのでしょう。
ただ、輸出企業にとって、アメリカ向け輸出価格を引き下げることは長続きしないと思われます。これまでも日本企業は1ドル80円というような超円高で強力なコスト削減を求められた時代もあり、15%程度の関税なら十分に対応可能だ、という意見もありますが、今回が特殊なのは、アメリカ向けだけの価格引き下げという点です。価格引き下げによりアメリカ向けの収支が赤字になれば、どこかで出荷取り止めの判断が求められるでしょうし、赤字にならなくても、関税の低い(あるいはない)他の国に輸出すればもっと利益を稼げるとすれば、徐々に利益率の高い方にシフトして行かざるをえないからです。それは最終的にアメリカの消費者にとっても望ましくない事態です。
アメリカ政府は、確かに、短期的には外国の輸出企業負担により関税収入を得ることができるかもしれません。しかし、長期的に見れば、高関税はアメリカ国民のためにはならないと思われます。問題はいつまで“短期”が持続するかだと思います。