株式市場は株主が資金を運用する場ですから、株主資本の収益性を最大限追求しようとします。その象徴的指標がROE(自己資本利益率)になります。そのため、東京証券取引所は上場企業に対し、ROEの向上を強く求めています。それは資本の論理としては当然の帰結であり、それに正面からあらがうことは難しいのですが、アメリカとイスラエルによるイラン攻撃とそれによって生じたホルムズ海峡の実質的封鎖の状況を見ていると、資本の収益性だけをトコトン突き詰めることについて、一抹の不安が生じます。
資産及び自己資本のスリム化
ROEは当期純利益を自己資本で割って算定されます。ROEを高くするためには、分子である当期純利益を増やすことが王道ですが、本業で利益を増やすことは簡単ではありません。そこで、貸借対照表をスリム化する財務的対策も重要なテーマとして浮上します。一つは、資産の縮小であり、もう一つは、ROEの分母である自己資本の圧縮です。
資産のスリム化では、在庫の削減が重要になります。在庫が多いと管理料や金利負担等により収益を落とすからです。手持ち在庫をできるだけ少なくしながら、グローバルに展開するサプライチェーンをうまく活用し、その時々で最も有利な条件で原材料や資材を調達することが収益向上につながります。また、収益性が劣る余剰キャッシュも後述する自社株買い等により圧縮することが要請されます。
そして、厚い自己資本はROEにとっては逆効果ですから、その削減が求められます。自己資本削減のための最も効果的な方法は、株主還元です。まず配当を増加させます。さらに余裕資金があれば、手持ちのキャッシュで自己株式を買い取ることにより、自己資本(及びキャッシュ)を圧縮します。余裕資金がなければ、借入金で資金を作って、自己株式を取得することも考えられます。借入金を多くして、自己資本を減らしROEを引き上げるのです。これは一種のレバレッジ経営です。レバレッジ経営はROEを高めるために借入金を増やして自己資本を圧縮するのですから、安全性指標である自己資本比率は低下します。安定している時代の会社に求められるのは、安全性より収益性になります。
安定が条件
ただ、このように資産や自己資本をできるだけ絞りながら、収益性に焦点を当てた経営を行うためにはある前提が必要になります。それは日本だけでなく世界が安定していて、グローバルなサプライチェーンが円滑に作動していることです。「昨日の延長線上に明日がある」ことがほぼ確実に想定できる状況であれば、在庫、キャッシュ、自己資本が少なくても、心配なく経営できます。しかし、「明日が昨日の延長線上にはなく」、状況が急変するとすれば、資産及び自己資本をスリム化し過ぎることは危険です。今回は、突然、イラン攻撃が勃発し、ホルムズ海峡が実質的に封鎖され、ナフサ等の石油関連製品の納入が滞る事態になりました。サプライチェーンが動かなくなると、収益性を極端に追い求め、在庫やキャッシュを絞っていると、原材料が手に入らなくなり、企業の存続すら危ぶまれる事態に追い込まれてしまいます。
平時の無駄は非常時のバッファー
半年前はホルムズ海峡の実質的封鎖などということは、ほとんどの人が予想できませんでした。今回の事態は、世の中何が起きても不思議ではないということを再確認させました。会社はそうしたときにも存続が可能なように備えておかなければなりません。平時には無駄と思える在庫やキャッシュ、そして厚い自己資本も非常時には貴重なバッファーとして働きます。
株式市場がその性質上、ROEの向上を追求することはやむを得ません。しかし、経営者は市場からの要求を受け止めると同時に、万一の場合にも備えておかなければなりません。思い起こせば、昨年の関税率の引き上げも世界中に衝撃を与えました。国際協調を嫌い、自国ファーストを掲げるトランプ政権の登場以来、世界の不確実性は急速に高まっています。不測の事態に備えることの重要性を再認識する必要があると思います。