トマ・ピケティの「21世紀の資本」がベストセラーになっていることに見られるように、近年格差拡大論が盛んです。これは個人間の格差拡大の話ですが、ここでは少し見方を変えて、財務諸表の格差拡大について考えてみましょう。
本コラムで言いたいことは、「財務諸表が格差拡大を促している」ということではなく、「財務諸表は格差拡大を先鋭的に表示するように変わってきている」ということです。
資産価格は収益力に応じて変わる
資産価額とは何なのでしょう。そんなことは自明のことだといわれるかもしれません。一般の消費者の感覚からすれば、資産価額とは売買する価格、つまり、その資産を実際購入した価格か売ることができる価格です。企業会計でも以前はこれで十分でした。この考え方によれば、資産価額は資産を所有する企業の外で決められるものであり、企業自体でどうこうすることのできないものでした。
しかし、近年の考え方は違います。資産価額は所有する企業の収益力により変わるとする会計基準が多くなってきています。以下にその代表的なものをいくつか挙げてみます。
減損会計
減損会計では、固定資産の価額には将来その資産が生む収益力が反映されると考えます。たとえば、賃貸アパートを購入しようとする場合、同じ場所で同じ形態のものでも、満室のアパートと半分しか埋まっていないアパートでは購入価額は変わります。それなら、当初購入したときには満室であったアパートの住居人の半分が出て行ってしまったとすると、その賃貸アパートの価額は下がったことになり、その価額低下を財務諸表に表現させようとするのが減損会計です。
こうなると、資産の評価は客観的なものさしでは測れません。まったく同じアパートを所有していたとしても、所有者の賃借人を集める能力に応じて資産の評価額は変わってきます。これは何もアパートに限るものではなく、工場でも店舗でも同様です。
税効果会計
会計上は費用ですが、税務では損金にならない項目があると、当期に納付する法人税は会計上の利益に比べて過大になります。こうした場合、当期に納付する法人税は将来の法人税の前払いと考えて、繰延税金資産という資産を計上します。ただ、この繰延税金資産は法人税の前払効果が認められるときにだけ計上できます。つまり、当期は税務上損金にならないが、将来損金になれば、その分税金が減るから、税額の前払効果が認められます。ところが、その将来に所得(利益)がなければ、元々税金が発生しないのですから、そこで損金が増えても税額は減少せず、税金の前払効果は認められません。この場合は、繰延税金資産は計上できません。結局、繰延税金資産が計上できるかどうかは、まさにその会社の収益力に依存します。
収益はすべてを癒す
旧来の財務諸表概念では、貸借対照表の資産価額は購入価格で決まっており、それは自分の力では動かすことはできないと考えます。経営者に課せられた使命は、与えられた貸借対照表の下で損益計算書の利益を最大化することでした。
しかし、新しい会計概念は損益計算書の収益力は単に損益計算書にとどまらず、貸借対照表をも動かします。本業の収益力が高ければ、税効果会計で繰延税金資産という資産を計上し、資産総額を増大させることができます。一方、収益力が低ければ、繰延税金資産を計上できませんし、場合によっては既に積んだ繰延税金資産を取り崩すこともあります。また、減損会計では既存の固定資産まで減額しなければならなくなります。こうした資産の計上や取り崩しは貸借対照表の価額を変動させるだけではありません。複式簿記ですから資産の反対勘定として、損益計算書の損益を再び揺り動かします。つまり、元々の収益力の高い会社は貸借対照表の資産をより厚くし、それが損益計算書の最終利益を更に高めます。逆に収益力のない会社は貸借対照表の資産を減額しながら、損益計算書の損益を一層悪化させます。
近年の会計基準は、従来の会計基準ではオブラートに包んでいた、強いものの本当の強靭さと弱いものの真の脆弱さを白日のもとにさらします。その意味では弱者に冷たい制度です。日本人のメンタリティーからすれば、旧来の会計基準の方が性に合っているような気がしますが、グローバル化に従う限りこれは不可避な流れなのでしょう。会計制度も世の中の風潮と同様に格差を一層助長する方向に向かっているといえます。
収益力を持つ会社は益々強く、収益力を持たない会社は益々弱くなります。今の会計制度の下で重要なのは収益力です。収益はすべてを癒します。