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海外子会社との取引に係る利益率管理

2024/07/12

Q.移転価格税制の観点から、海外子会社との取引における当社および海外子会社の利益率に留意したほうが良いと聞きました。具体的にはどういうことでしょうか?

 

A.重要性を増してきた移転価格税制

国税庁の発表によれば、令和4年6月までの1年間における移転価格税制に係る1件当たりの申告漏れ所得金額は2.6億円(対前年比約18%増)と増加しています。これだけ多額の申告漏れが指摘されると企業経営に大きな影響を与えかねません。

最近では、大企業のみならず中堅企業に対する法人税調査においても、海外子会社との国外関連取引に関する税務調査が増加しているようです。税務調査においては、ローカルファイル等の移転価格関連資料が用意されていることを前提に、それら書類の提出を求められる傾向にあります。移転価格関連資料を一定の期限内に提出できない場合には、推定課税される恐れがあります。

移転価格税制は、日本親会社や海外子子会社等に何をどこまで責任を持ってやらせるかの問題と呼応しています。その意味では、移転価格の管理は、移転価格税制への対策だけに留まらず、海外子会社を事業戦略上どのように位置づけするのかという経営そのものであるともいえます。

 

切出損益計算書の重要性

「切出損益計算書」とは、日本親会社と海外子会社との間の国外関連取引について、その損益だけを抜き出した損益計算書のことで、「切出損益」や「切出PL」ともいわれます。

海外子会社との取引における切出PLを作成する場合、海外子会社に対する売上高から、これに対応する売上原価及び販管費(これらに合理的な基準で按分した共通費用の額を配賦した額)を減算することにより営業利益を算出することになります。こうした利益率管理を毎年行う必要があります。

海外子会社を有する多くの企業では、経営管理上の必要性から、事業部別、地域別、部門別などといった区分ごとに損益管理をしていることと思います。しかしながら、移転価格税制に対応するための「切出損益計算書」は、こうした経営管理資料と必ずしも一致するわけではないので、移転価格税制上の観点からあえて作成する場合も多いと思われます。

例えば、各社の営業利益率が、日本親会社P社は10%、タイ子会社S1社は9%、中国子会社S2社は7%という企業グループを想定しましょう。

この企業グループの利益の源泉は主にP社保有の製造ノウハウにあり、各海外子会社はP社の指揮命令の下に機能が限られた事業を行っているとします。S1社及びS2社はそれぞれの機能に見合った利益を享受して、残りの利益はP社が享受します。一見すると、P社の営業利益率が相対的に最も高いことから問題なさそうです。
ところが、P社の切出PLを作成してみたところ、P社のS1社及びS2社との取引に係るそれぞれの切出営業利益率は7%と5%と、S1社の9%及びS2社の7%より営業利益率は低いことが分かりました。これだけで移転価格税制上は問題があると直ちに指摘を受けることはありませんが、切出PLを検討するなどしてなぜ海外子会社の営業利益率が高いのかについて説明できる資料を作成しておく必要があるでしょう。
経営管理のためにも、移転価格管理のためにも、日頃から海外子会社との取引における利益率を管理できる仕組みを構築しておくことが望まれます。

切出損益計算書作成の困難性
企業の中には、棚卸取引、役務提供取引、無形資産取引、及び金融取引など様々な種類の国外関連取引を有している企業もあろうかと思います。また、それら取引の中には、無数の個別の取引があろうかと思います。棚卸取引一つを取り出してみても、取扱製品の種類は切り口によっては何万種類もある場合もあることでしょう。そのような状況において、営業利益レベルまで切出し損益を合理的に把握することは不可能だという企業もあるのではないでしょうか。あるいは、一定の前提を置けば切出すことは可能だが、それが合理的と言えるのかは疑問だと考える企業もあるのではないでしょうか。
移転価格税制を検討する算定手法の中で最も実務的に使用されているのは、取引単位営業利益法TNMMです。通常は、独立企業間で成立する価格そのものを比較する独立価格比準法、売上総利益を比較する再販売価格基準法及び原価基準法を適切に適用することはできません。企業は、比較対象法人のデータについては、公開データからしか入手できません。しかも、公開データからは、価格や売上総利益に影響を与える可能性が高い売上原価の中の特定の個別原価や販管費の中の特定の個別費用などを把握することは不可能だからです。そのため、営業利益を利益水準指標とせざるを得ない取引単位営業利益法が最も適切な算定手法とならざるを得ないからです。営業利益レベルまで下りてくれば、価格や売上総利益に影響を与える要因を反映した個別原価などを把握できなくても、比較可能だと言える場合が多いからです。
取引単位営業利益法TNMMを適用する場面においても、理想的にはできるだけ個々の製品ごとに細分化した切出し損益に基づく営業利益を検証すべきです。しかしながら、間接費用を合理的に配賦できないなどによって、切出し損益が合理的とは言えないとか、合理的だと言えるにしても複数の方法があって、その内のどの方法による切出し損益が最も合理的なのか判然としない場合も多いでのではないでしょうか。そのような場合にまで、切出し損益を算出すべきだとは言い切れない場合があります。そのような場合には、切出し損益を算出するのではなく、いつくかの製品などに係る損益を一つにまとめて、あるいはそれも無理であれば、全ての製品などに係る全社ベースの損益を検証する方が適切に適用できると言える場合も多いのではないでしょうか。取引単位営業利益法TNMMは、「取引単位」毎に適用すべきではありますが、かえってそうすることが不合理な結果となると見込まれる場合には、会社単位の損益を検証する適用方法もよいと考えます。
執筆者

多賀谷 博康Hiroyasu Tagaya

税理士・米国公認会計士(inactive)

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