中小企業からグローバル企業まであらゆる経営課題に解決策を

「客観性のある過去か、主観的な未来か」

2020/02/03

 金融庁が金融検査マニュアルを廃止することに対し地方銀行が困惑している、との報道がありました(2019年12月5日付け日本経済新聞)。というのは、これまで銀行の利益に大きな影響を与える貸倒引当金の設定は金融検査マニュアルに基づいて行われているのに、その基準となる金融検査マニュアルが廃止されてしまうと、引当金の設定の指針がなくなってしまい判断が難しくなるからだというのです。金融庁の狙いとしては、金融検査マニュアルを廃止し、画一的な貸倒引当金設定ルールを見直し、引当金の設定を銀行ごとに柔軟にできるようにしたいとのことです。

過去の実績に基づく会計
 金融検査マニュアルでは融資先の過去の実績に基づき、融資先を区分し、担保や保証等を加味しながら、引当金を設定するように基準が定められています。この方法によれば、過去の事業実績は財務諸表で表示され、担保や保証も明確ですから、誰がやっても同じ結果が出るはずです。画一性、客観性、透明性という点では優れています。
 ただ、この基準はあくまで過去の実績に基づくもので、融資先の将来性が評価されていないという欠点があります。したがって、将来性はあるが、過去の実績は思わしくない企業に対して評価が厳しくなり、銀行の融資が伸ばせないという弊害が出てきます。そこで、金融庁は各行が融資先の将来性を加味して、引当金の設定を考えてほしいという意図の下、金融検査マニュアルの廃止に踏み込んだのです。

将来を見込んだ引当
 新しい考え方では、各行が地域性やビジネスモデルに沿った融資を進めながら、融資先の将来の経営リスクに応じて、銀行の裁量で柔軟に引当金を設定することになります。その結果、過去の実績は悪くても優れた商品やサービスがあれば、引当金の設定を抑え、今後の融資がしやすくなることが期待できます。
 金融庁の意図は分かるのですが、設定基準が漠然としすぎていて、ボールを投げられた銀行側は困惑します。将来のリスクを各行独自で評価すれば、銀行による恣意性が働き、客観性が担保できない恐れがあるからです。引当金を設定する側としては、過去の財務諸表とか、担保や保証といった分かりやすい明確な基準があった方がいいというわけです。その言い分も分かるような気がします。

資産価格は将来キャッシュフローの現在価値
 実は、この対立には単に引当金の設定だけに止まらず、現在会計が直面する根深い問題が内包されています。
 会計はこれまで客観性を重視し、過去の実績に基づき財務諸表を作成してきました。資産価格でいえば、最も客観性が備わったものとして取得価格を重視してきました。一方、国際会計基準等において新しく登場する考え方は、投資家の期待に応えるために、会計が表現する財務諸表は、現在をより的確に表現するものでなければならないとするものです。その概念からすれば、「資産価格は将来キャッシュフローの現在価値である」ということになります。これはまさに金融庁の言う「将来リスクを見越した」引当金の設定にあたります。

説明責任の重要性
 この考え方の理論的な正しさは分かるのですが、問題は将来を評価することの客観性の問題です。将来の評価は評価者によって変わってしまい、その結果、作成者次第で財務諸表の数値が変わってしまうことに対する困惑です。一方、将来の動向を財務諸表に取り込もうとする考え方からすれば、財務諸表は作成者次第で変わっても構わないという立場に立ちます。ただ、財務諸表作成者が負うべき数値結果に対する説明責任が問われることになります。多くの財務諸表利用者に納得してもらわなければなりませんから、その説明責任はかなり重大です。
 銀行の貸出金に関する引当金の設定に戻って考えれば、金融庁の進んだ考え方に銀行はまだ追いついていない、といえそうです。逆にいえば、銀行の実態からすれば、金融庁は先走りすぎている、といった言い方もできるかもしれません。
 どちらにしても、これから「将来」を財務諸表に取り込もうとするとき、財務諸表作成者はその数値結果に対する説明責任が一層重要になることは認識しておかなければならないでしょう。

執筆者

最新の記事