近時、円安が急速に進展し、20年ぶりに1ドル130円を超え、大きな話題となっています。世界的にインフレ傾向にあることから、アメリカはじめ諸外国は金融緩和から金融引き締めに転じつつありますが、日本ではインフレ率が欧米ほどではないことや不景気感がまだ根強いことから、日銀は依然として低金利の金融緩和政策の維持を続ける姿勢です。他の条件に変動がなければ、通貨の需要は金利の高い方に集まりますから、さらに円安に進むことが危惧されています。
物事には浮き沈みがあり、環境次第で円安になることがあればまた円高に戻ることもある、というような循環過程の一局面だと割り切れれば、日銀の姿勢も理解できます。ただ、この円安は金融緩和と財政拡大を主軸とするアベノミクス開始当初から懸念されていたことであり、本格的な「日本売り」の序章だとすれば、楽観は禁物です。
強固な円預金が金融緩和を支える
金利も最終的にはマネーの需給バランスで決まります。つまり、日銀が低金利政策を維持できるのは、マネーの供給源として安定した国民の円預金がバックに存在するからです。日銀が発表する資金循環統計によれば、2021年末時点の家計の現預金1091兆円のうち、外貨預金はわずか7兆円、たった0.6%に過ぎません。どんなに金利が低くても強固に円預金をし続ける辛抱強い国民がいるから、日銀は金融緩和姿勢を保ち続けられるのです。
しかし、産業の競争力が減退し日本経済の将来不安が高まるようになれば、今後の展開次第では、こんな低金利では円預金を継続できないと、国民が判断するような時期が来るかもしれません。「預金が海外に逃げる」いわゆるキャピタルフライトです。そうなると、日銀の低金利政策の維持も困難になります。果たして、日本人の円預金選好はこのまま続くのでしょうか。
円預金はリスクなしか
国民は「日本経済を破綻から救うため」というような高尚な愛国心から、損を覚悟で円預金を続けているわけではありません。日本人が低金利にもかかわらず円預金を過度に選択する理由として、次のようなことがよく言われます。「日本人は保守的だからリスクを取るのを嫌い、高金利の外貨預金ではなく、低金利でも円を選択するのだ」と。
確かに、円預金には外貨預金にあるような為替リスクは存在しません。日本で終生暮らし、消費も円で行う日本人にとって、円預金にリスクはない、というのも一理あるような気がします。しかし、消費の最終目的を見据えてリスクを考えると、円預金には為替リスクとは違うリスクが存在します。
インフレリスクの顕在化
消費はマネーとモノとの交換ですから、最終的に問われるのはモノの価格との相関です。円で測ったモノの価格、すなわち物価が重要です。日本は長い間、物価が低下するデフレ傾向が続いていましたから、円預金はモノの価格との相関関係では決して損にはなりませんでした。ところが、これから世界的な物価上昇に巻き込まれ、日本もインフレ傾向になると話は違ってきます。モノの価格は上がるのですから、ゼロ金利の預金は相対的に目減りしていきます。つまり、円預金でもインフレリスクは存在するのです。
これまで円預金においてインフレリスクを意識せずに済んだのは、単にデフレ傾向にあったからに過ぎません。インフレに転じればインフレリスクを意識せざるを得なくなります。インフレリスクが高まれば、モノや株式等の投資商品を買うことの他、高金利の外貨預金への振り替えという選択肢も浮上します。
低金利政策が維持できるか
手数料は下がり、システムは改善し、外貨預金は以前よりずっと取り組みやすくなっています。インフレリスクが顕在化してもなお、日本人は為替リスクを嫌い、ほとんど金利が付かない円預金を継続するのか。あるいは、どうせインフレリスクがあるなら、この際、為替リスクを取り、高金利の外貨預金を選択しようとするのか。現在は1%に満たない外貨預金比率ですが、それが10%になるだけで状況はかなり違ってきます。そうなると、巨額の財政赤字のファイナンスが国内預金だけでは難しくなり、低金利政策の維持も難しくなります。
現在の我が国の経済は低金利政策によって支えられています。低金利政策が維持できなくなると、財政収支を筆頭に日銀の収支や個人の住宅ローン、借入過多の企業の存続にも大きな影響を与えます。その意味で、私は、国民の円預金の動向が今後の日本経済の大きなカギになるのではないかと考えています。