シャープが1000億円以上の公募増資及び第三者割当増資を実施しました。業績不振に悩んできたシャープが巨額の増資を行うのですから、ビッグニュースですが、報道のポイントの置き方にはやや違和感を覚えます。というのは、増資により前期末6%台に落ち込んだ自己資本比率が大きく向上し、財務の安全性が増すというコメントが多いからです。シャープのように苦境に陥った会社はこうした側面が重要なのは確かですが、その点ばかりを強調すると増資の本質を見誤ります。
増資の2側面
複式簿記は一つの事象を借方と貸方の二つの側面から捉えますから、増資を行うと貸借対照表の変化は二つの局面で表れます。貸方では自己資本が、借方ではキャッシュが増加します。増資により自己資本比率が上昇するというのはもっぱら貸方の問題ですが、借方のキャッシュの動向にも注目しなければなりません。つまり、増資の効果は財務比率とキャッシュフローの二つの面から見る必要があるのです。
財務比率の向上
今回の増資の財務比率に与える効果は明確であり、多分会社側の主たる目的もこの点にあるのだと推測されます。自己資本比率は債務返済の安全性を測る最重要指標です。製造業で問題がないとする水準の目安は30%だと言われています。自己資本比率がマイナスの債務超過は信用悪化の決定的事象とされ、また、債務超過は帳簿上の株主財産がないということですから、2期連続の債務超過は上場廃止基準に抵触します。そのため、債務超過一歩手前の自己資本比率一桁は要警戒水準とみなされます。したがって、シャープにとって自己資本の増強は喫緊の課題でした。本来なら、本業の利益により自己資本を積み上げて自己資本比率を向上させるべきですが、それでは時間がかかりすぎますから、増資が求められていたのです。この面からは今回のシャープの増資は理にかなっています。
キャッシュフロー効果
ただ、本当に問われるべきなのはもう一つのキャッシュの動きです。貸借対照表の貸方は企業価値を債権者か株主のどちらに帰属させるかの問題に過ぎず、企業価値そのものを決めるものではありません。企業価値を決めるのは借方のキャッシュです。増資で増えたキャッシュをどのように使うかが重要です。
会社の発表によれば、今回の増資資金はディスプレイ事業その他の設備投資に使われると書いてあります。この設備投資が正しい戦略かどうかが厳しく問われなければなりません。中国、韓国等のアジア勢との競争が激化する電機業界において、今後の会社の競争力に役立つ投資でなければなりません。それには需要の正確な把握やライバル企業の動向等を正しく把握し、投資戦略の正当性を検証しなければなりません。それは外部の人間にとって、とても難しいことです。その結果、この最も重要であるべきキャッシュフローの使い道の検証がおざなりになってしまい、部外者にもわかりやすい財務比率の問題に議論が集中してしまうのです。
本来、増資とはキャッシュの使い道が先にあるべきものです。何かに使うためのキャッシュが欲しいから、キャッシュの調達法として様々な条件を考慮して借入ではなく増資を選択するというのが通常の姿です。それにもかかわらず、財務的な自己資本比率向上だけを目的に増資をするのは本末転倒です。キャッシュフローの検証こそが重要です。