預かっている巨額な年金資金を使い込み、海外に逃亡していた長野県建設業厚生年金基金の事務長が逮捕されました。刑事責任の追及はこれからですが、どんなに追及したところで、戻ってくる資金はほとんどありませんし、さらに悪いことに、同基金はAIJ投資顧問の年金資産消失事件にも関係していましたから、その積立不足は深刻であり、今後の動向が注目されます。今回は厚生年金基金処理の問題を決算書の表示の面から考えてみます。
取り残された総合型
厚生年金基金には単独型、連合型、総合型の3種類があります。単独型は単独企業で、連合型は親会社を中心としたグループ企業で設立します。単独型も連合型も連結会計で考えれば、個別の会社で形成する基金です。それに対し、総合型は別々の会社が集まって形成する基金であり、長野県建設業厚生年金基金は長野県の建設業者が加入する総合型の年金基金です。
単独型や連合型の総合年金基金でも、積立不足の問題を抱えていましたが、既に処理済みの会社がほとんどです。単独型や連合型は処理済みなのに、なぜ総合型だけが取り残されてしまったのか。無論、そこには処理する上での財務的能力の問題は存在しますが、上場企業中心の単独型と連合型年金基金の早期処理を促した大きな要因は会計表示の変更でした。
確定給付年金問題を片づけた会計ビッグバン
2000年に退職後の年金を含めた退職給付会計の改正が行われました。それまでの年金会計は給付を確定している厚生年金基金であっても、原則的に毎年の掛け金を費用処理するだけでした。約束した給付と積み立てた資産との差額である積立不足は隠れ債務として貸借対照表には表示されていませんでした。しかし、改正された退職給付会計では、確定給付年金の積立不足は企業の債務ですから、損益計算書で費用処理した上で、貸借対照表の負債に退職給付引当金としてオンバランスすることが求められたのです。いわば、負債の時価会計です。当然、その分自己資本は減少します。そのオンバランスしなければならない積立不足額は予想していた以上に巨額で、自己資本のほとんどを食いつぶすような会社すらありました。そのため、本来であれば一括して負債計上しなければならない退職給付引当金について、15年間の分割計上を認めたほどでした。
その後も運用環境の好転は望み薄で、確定給付型の厚生年金基金を抱え続ける限り、年金資産の運用成績は悪化することが予想されました。そうなると負債の退職給付引当金は増加し、自己資本を毀損させ続けます。ただでさえ厳しい経営環境の中で、そうした危険性のある制度を抱え続けることは株主が許しません。そこで、多くの上場企業は、やむなく積立不足の補填という大きな犠牲を甘受した上で、厚生年金基金の廃止や、401K等の確定拠出型年金への変更に踏み切ったのです。
ブラックボックスの総合型年金基金
ところが、非上場企業を中心とした総合型の厚生年金基金では積立不足の表示に関して二重の障害が存在します。
一つは総合型の年金基金そのものの開示です。総合型では参加企業に基金全体の積立不足の通知はしますが、原則として個別企業ごとの積立不足は開示しません。したがって、個別企業では総合型の年金基金について、決算期ごとに自社の正確な年金不足額を把握することができません。そこで、確定給付型年金について積立不足を財務諸表に開示することを求められている総合型に加入している上場企業においては、貸借対照表への直接のオンバランスはせず、加入している総合型の年金基金全体の積立不足額及び総合型年金基金に占める当該企業の年金拠出割合を注記しているに留まっています。そのため、上場企業では正確な積立不足は分からなくても、大よその簿外債務は類推することができるようになっています。
しかし、非上場企業では上場企業が採用している退職給付会計そのものが適用されていないので、総合型厚生年金基金の積立不足については完全にブラックボックスになっていて、決算書からはまったくうかがい知れません。
基金の抱える深刻な課題の存在は認識できていても、その課題が自身の決算書に表示されず、しかも課題解決には積立不足の解消というかなり強烈な痛みを伴うものについては処理を先延ばししたくなるのが人情です。そのうちに、相場環境が改善されるかもしれない、などといった淡い期待を抱き続けていたのかもしれません。そして、事態はますます悪化し、問題は放置されてしまったのです。
企業の現状を正しく映し出す
どの経営者も自分の会社の決算書に積立不足額が計上され、自己資本を減少させていれば、何とか解決しなければならないと考えるはずです。非上場企業でも、上場企業と同様な退職給付に関する時価会計が導入されていれば、事態が深刻化する前に何らかの処置を施していたかもしれません。悪いことは時が経つほど状況が悪化して処理が難しくなります。
決算書に企業の現状の姿を正しく映し出す時価会計は、企業の課題処理を促す有用なツールだと考えることができます。主として税務基準で決算処理を行う非上場企業において、どのように時価会計を導入していくのかは難しい問題ですが、経営者は自らの経営課題として前向きに取り組むべきではないでしょうか。