2月に日経平均株価が3万円を超え、30年ぶりということで大きな話題になりました。その後も、日本だけではなくアメリカでも、株価の堅調は続いています。一方、実体経済を見ると、新型コロナの感染拡大で緊急事態宣言が延長されるなどして、GDPは落ち込み、とても好調な経済とはいえません。
こうした実体経済と懸け離れた好調な株価の見方には2通りの意見があります。一つは、株価は将来キャッシュフローの現在価値を示すものであり、現在の株高はコロナ禍後の将来の経済回復を見込んでいるからだ、というものです。もう一つは、株価は経済実体とは離れたカネ余りによるバブルだ、という見方です。前者であれば、株価の堅調は続くでしょうし、後者のバブルという見方に立てば、早晩調整局面が訪れることになります。
金融緩和が支える株価
ただ、どちらの立場でも共通しているのは、今の株価は日米をはじめとした主要国の強烈な金融緩和が支えているという点です。金融緩和の目的は実体経済の回復にあるはずです。実体経済が回復し、それに伴い企業業績が向上し、その結果、株価が上昇するというのが、政策当局が描く筋書きです。それが、金融緩和で増加したマネーが実体経済をすっ飛ばし株式市場に向かっているとすれば(日銀がETFを購入するというのは、その典型的な事例といってもいいでしょう)、金融緩和と株価についての考えを改めなければならなくなります。
実際に緩和による増加したマネーが実体経済を経由せず、株式市場に向かっているのかどうかは、計量的検証を待たなければなりません。ただ、どちらにしても金融緩和が実体経済にはさほど影響を与えることなく、株価のみを上昇させてきたことは事実です。そこで、本稿では緩和マネーが直接株式市場に向かっているということを前提に考えてみます。
金融取引は営利行為
金融政策は財政政策と並ぶ経済政策の両輪であり、どちらもマネーを投下して、実体経済を活性化するために発動されます。ただ、両者の波及経路は異なります。財政政策は政府が影響を与えようと思う経済主体に直接マネーを届けるのに対し、金融政策は日銀が金利やマネー供給量を操作することで、民間金融機関の金融取引を媒介にして、経済を活性化させようとします。ただ、金融取引は営利行為ですから、金融機関にとって最も利益があがる取引を選択するのは当然です。
金融取引においてマネーが実体経済ではなく、株式市場に流れるということは、金融機関が実体経済に投資するより、株式市場に資金を回した方が儲かると考えていることになります。普通に考えれば、株式市場は変動性が高いので、多少利回りが落ちても、実体経済に投下した方がいいと思われます。にもかかわらず株式市場が選択されるということは、金融機関は実体経済にいくらカネをつぎ込んでリターンが少ないと判断していることになります。もし、こうした金融行動が今後とも継続するとすれば、政策当局は金融政策の効果について、考え直さなければなりません。
金融政策の見直し
一般的には普通の庶民は給与収入が主体ですから、実体経済がよくならない限り、収入は増加しません。一方、富裕層は株式をはじめとした金融資産を多く所有しますから、株式をはじめとした金融市場さえ活性化すれば、収入が増えます。金融政策が実体経済を通さず、株価に直接影響を与えるということになれば、金融緩和は株式を所有している富裕層は豊かにしますが、株式を持たない一般庶民には何の利益も与えません。その結果、金融政策は貧富の格差を拡大するだけで終わってしまいます。
また、株価は経済の状態を示す体温計だと言われます。だから、政府、日銀等の政策当局は株価を重要な経済指標の一つとして注目します。ところが、金融政策が実体経済を素通りして、株価に直接働きかけるということは、体温計を直接やかんに入れ温めるようなものですから、体温計は体の状態を示すものではなくなります。つまり、株価は実体経済を反映する体温計ではなくなりますから、株価に着目して経済政策を発動しても、的外れなものとなってしまいます。
現在の株式市場の動きを見ていると、そんな懸念を抱かせます。