国土交通省が、利用時間帯によって鉄道運賃に差をつける変動運賃制について検討しているとの報道がありました(2021年6月2日付け日本経済新聞)。これは「ダイナミックプライシング」という価格設定の方法です。提供する商品の需要状況の違いによって、販売価格を機敏に変動させ、利潤を極大化させようとするのがダイナミックプライシングのねらいです。ITの進化で、そんなことも可能になったのだと感心するところもあるのですが、経済的には望ましくても社会的には必ずしも正しいものではないというところが悩ましいところです。
価格は需要と供給で決まる
ダイナミックプライシングの考え方は経済学的には合理的です。経済学の教えるところでは、価格は需要曲線と供給曲線の一致するところで決まります。需要と供給は常に一定ではなく、原理的には、時と場所によって異なる需要と供給が存在し、それに応じて多様な価格が成立します。とすれば、同じモノやサービスであっても、局面によって異なった価格が成立するのは道理です。
しかし、従来、多くの物品は一物一価で販売され、我々もそれを当然のことのように受け入れてきました。これまで一物一価が主体であったのは、商品を供給する企業側が局面に応じた正確な需要曲線の把握が困難であったということと、たとえ需要曲線を個別に把握できたとしても、不特定多数が利用する鉄道のような業種においては、局面に応じて異なる料金を徴収することが難しかったからです。ところが、ITの進化はそうした壁を乗り越え、新たなビジネス展開を図ることを可能にしました。
経済的には望ましい
これまでもJRにおいてある種のダイナミックプライシングは存在しました。たとえば、繁忙期と閑散期の長距離運賃の区別です。盆や正月、ゴールデンウィークは出かける人が多くなり、列車が混むから、運賃を高くします。一方、6月や9月などの閑散期は移動する人が少なく、列車の空きが多いことから、低運賃にします。これはITなどを必要としない、いわば常識的な判断から生じる大雑把なダイナミックプライシングです。今、JRなどが検討しているダイナミックプライシングはもっと緻密です。
自動改札機の普及により、朝や夕方の混雑ピーク時と昼間のオフピーク時の乗車状況は瞬時に詳細に把握できます。そのデータに基づき、ピーク時の運賃を高く、オフピーク時の運賃を安くします。複数料金徴収の困難さも自動改札機があれば解消できます。そうすれば、ピークからオフピークに乗客を誘導し、ラッシュ時の混雑を緩和することができます。混雑の平準化は職員の配置や列車の柔軟な編成等でコスト削減につなげることができますから、利益の増大が期待できるわけです。一方、ラッシュ時の混雑緩和は利用者にとっても歓迎されることですから、ダイナミックプライシングは国民経済的に望ましい結果をもたらすと考えられます。ただ、それが社会的にも正しいかと言われれば、首をかしげざるをえません。なぜなら、ダイナミックプライシングのしわ寄せは弱者の方がよりかぶりやすいと考えられるからです。
相反する経済的効率性と社会的公正性
ダイナミックプライシングに対応して、運賃の高いピーク時から、安いオフピーク時に通勤時間帯を変更できるのは、どういう人たちなのかを想像してみましょう。企業として考えれば、収益性が高く職場のIT環境が整備され、従業員が多く要員調整が容易な大企業の方が中小企業より対応しやすいでしょうし、人で見れば、定型時間におけるルーチンワークの多い末端の社員よりも、判断業務が多く時間の融通がきく幹部クラスの人間の方が適しているでしょう。どんなに価格差があっても、どうしてもピークの時間帯に列車を使わなければならない人は、弱小企業の力の弱い従業員が多くならざるを得ないのではないかと予想されます。
金融において財務的に劣弱な企業ほど高い金利が適用さるように、資本主義は元々弱肉強食の要素を内包しています。ダイナミックプライシングもそうした事例の一つです。ダイナミックプライシングの実行に関しては、そのしわ寄せを受ける弱者に対する配慮も忘れてはならないと考えます。