三井住友銀行が、この4月から初任給を20万5千円から25万5千円に5万円引き上げるとの報道がありました(23年2月3日付日本経済新聞)。みずほ銀行も24年入社の初任給を5万5千円引き上げ26万円にする他、三菱UFJ銀行も同様な引き上げを検討しているようです(23年3月2日付日本経済新聞)。横並び色が強い業界ですから、地銀等の他の銀行も何らかの対応を迫られることになると思われます。
銀行の収益力の減退がささやかれる中で、従来の初任給のほぼ4分の1に相当する5万円のアップはかなり思い切った引き上げです。これは、単に優秀な人材を採用するために初任給を引き上げるということに止まらない、賃金制度の大きな変革につながるインパクトを持つように思います。
年功序列型賃金
銀行は年功序列型賃金体系を採用する代表的な業界です。年功序列型賃金では、賃金は原則として、業績への貢献度より当該会社の在籍年数を重視して増加していくため、企業業績に対する貢献度と賃金がアンバランスになるところに特徴があります。
一般的には、若いときはハードワークが強いられる割には、業績への貢献に比べ、給与は低くなりがちですが、年齢を重ねるにつれ、貢献に比し給与が多くなるといった形になります。若いときの損を年を重ねるにつれて取り返す、という形で、定年まで勤めることで最終的に帳尻が合うようになっています。いわば、終身雇用制に適合した給与体系だといえます。ですから、かつては、新卒の志望者に対して、銀行は次のようなセールストークを行っていました。
「最初のうちは、他の業界に比べれば、給料は低いと思われるかもしれないが、その差額は徐々に埋めて早晩逆転できる。そして、定年まで勤めた場合の退職金や退職後の企業年金も含めて一生涯で考えれば、あなたに与えられる待遇は決して悪くありません。」
しかし、かつては魅力的であったこのセールストークも今の時代の若い人には、以下のような理由から、まったく響かないものになっています。
年功序列型賃金を支える条件の崩壊
この給与体系が有効に機能するためには、条件があります。それは、新入社員として就職した会社が、その社員が定年時はもちろん定年後も、社員に対して好待遇を与えられるほどの高い収益を保ちながら存続するということです。一昔前の銀行はこの条件を満足しているように見えました。つまり、日本経済が順調に拡大している時期の銀行は、潰れる可能性が低く、長期にわたり高収益を期待できる業界だと考えられていたからです。
しかし、時代は明らかに変わっています。銀行収益の基盤たる日本経済は長期低落傾向を脱せず、さらに、銀行自体もカネ余りによる収益低下に悩まされ、それを打開するための有効な方策を見いだせていません。今、就職しようとする20代前半の人間に若いときの損は、将来になれば取り返せる、などという勧誘文句は説得力を持たないのです。逆に、「お宅の銀行は自分が退職する30数年後に確実に存在していると断言できますか」と問われた時、自信を持って「イエス」と答えられる銀行の人事担当者はどれ位いるのでしょう。
年齢給から業績給への転換
年功序列型賃金は、長期に安定的に成長すると予見できる経済において魅力的に存在できます。もはやそんな時代ではありません。日本全体も個別企業も、将来は不確定なのですから、今の業績貢献分は今の給与として還元して欲しいという若者の要求は無理からぬものがあります。そうした要求に応えられなければ、優秀な人材を採用できません。そこで、今回のメガバンクの初任給の大幅引き上げに至ったというわけです。
しかし、初任給をこれだけ引き上げてなお年功序列型賃金を維持しようとすれば、既に在籍する行員に対しても相応の引き上げが必要になりますが、銀行にそんな余裕があるとは思えません。そこで、給与制度の変革が必要になります。
終身雇用で定年まで勤め上げたときに最終的に帳尻を合わせる年齢給から、現在時点での業績貢献度に応じた業績給に転換せざるを得ないのです。メガバンクは既にそのための準備をしてきていたのだと思われ、今回の初任給の大幅引き上げは、その準備も整い、いよいよ本格的に業績給に転換することの号砲のように聞こえます。
世代による影響の違い
ただ、注意しなければならないのは、こうした転換が世代間に与える影響の違いです。定年直前の高齢者は年齢給で辛うじて逃げ切れそうです。また、これから働き出そうとする若い人は業績給の時代だと割り切り、どんな会社でも通用する自分のスキルを磨くことに力を注げばいいでしょう。かわいそうなのはこれまで年齢給を信じて、会社に忠誠を尽くし、これから甘い汁を吸おうとしていた壮年世代です。今の体制のまま彼らが逃げ切れるほど日本経済に余裕はありません。彼らが一番割を食いそうです。住宅ローンや子供の教育費など生活費の負担がかさむ世代ですから、彼らの新しい賃金制度に対する軟着陸に向け効率的なリスキリング教育など、企業だけでなく行政も何らかの支援策を検討する必要があるかもしれません。