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「PBR1倍割れ企業を縮小できるか」

2023/05/01

 日本経済は長らく低迷していますが、近年その低迷の象徴として、東証における「PBR1倍割れ」企業の多さがクローズアップされています。PBR1倍割れは、教科書的にはレアケースと位置付けられるのですが、東証では現在5割を超える1800社以上の企業がPBR1倍を下回っており、もはや珍しいことではありません。この状況はアメリカやヨーロッパに比べてみても、はるかに高い水準となっています。そこで、東証では現在PBR1倍割れ企業に対して、株価評価の向上策の開示を求めています。しかし、この問題は個別企業の努力だけで、そう簡単に解決できるものではないように思います。

株価と貸借対照表をつなぐPBR
 PBR(Price Book-value Ratio、株価純資産倍率)は<図表1>のとおり、株価をBPS(Book-value Per Share、1株当たり純資産)で割って算出します。PBR1倍割れとは(2)式右辺のとおり、株式時価総額が貸借対照表の自己資本を下回っている状況になります。

<図表1>BPSとPBRの算定

(1)BPS(1株当たり純資産)= 自己資本/発行済み株式数(倍)


(2)PBR(株価純資産倍率)= 株価/BPS= 株価×発行済み株式数/自己資本= 株式時価総額/自己資本      

株価が会社解散価値を下回る
 PBR1倍割れは会社解散価値と関連付けて次のように説明されます。ここで仮に会社を解散するとします。資産が貸借対照表に計上されている価額どおりで売却でき、負債も貸借対照表に載っているもの以外にないとすると、残余財産は貸借対照表の自己資本がそのまま残ります。会社を解散すれば、株主はその残余財産を所有株式数で按分して受け取ることになります。したがって、自己資本を発行済み株式数で割ったBPSは、会社の帳簿上の1株当たりの解散価値を表わしていると考えることができます。
 一方、株価は株式の市場評価です。株価は将来、会社がどれだけ利益を生むのかということを予想して評価されます。通常は、会社が解散し資産を売却して残余財産の分配を受けることなど想定していません。会社は将来永続的に活動して利益を生むことを前提としています。解散価値であるBPSより、将来収益予想に基づいて評価される株価の方が高くなるのが普通です。もし、株価の方が低くなるとしたら、事業を継続するより、その株価で株式を全部取得して、事業を止めて解散して、残余財産を分配した方が株主にとって有利だということになってしまいます。ですから、PBRが1倍を割れることは、異常事態と位置付けられるわけです。

ROEの引き上げ方策
 PBRが1倍を下回るということは、株式市場がその企業に対し成長を期待できないと評価していることになります。成長性のある企業はキャッシュを収益性の高い投資に振り向け、将来のより大きな利益を期待できますから、株価は上昇し、PBRは1倍を超えることが期待できます。ところが、成長性のない企業は、利益は出せるのですが、利益から生まれるキャッシュの投資機会を見いだせず、キャッシュを貯めこむしかなくなります。その結果、キャッシュリッチな自己資本比率の高い会社がPBR1倍割れを招きやすくなります。株式会社は最終的には株主のものですから、原理的には投資に使えないキャッシュは配当や自己株式の取得などで株主に還元すべきだということになります。
 PBR1倍割れ企業に求められるのは、ROE(自己資本利益率=当期純利益/自己資本)の引き上げです。そこでキャッシュの使い道が問われます。分子の利益向上のためにキャッシュが使えればいいのですが、前述したように投資先がなければ株主還元を行い、分母を圧縮してROEの向上を図るしかなくなります。
 それがPBR1倍割れ改善に対する一番安直な処方箋になってしまうのですが、果たしてそれが日本経済の再生につながるかは疑問です。株主に還元されたキャッシュが他の日本企業の成長に向かうことができればいいのですが、国内に成長機会が限られることに変わりはありません。還元されたキャッシュがあくまで成長を求めなければならないとすれば、海外に向かわざるを得ず、日本経済自体は縮小再生産に陥ってしまうと考えられるからです。
 ROEの向上は分母である自己資本の削減ではなく、分子の利益増大を目指すのが本筋になります。したがって、PBR1倍割れはその土壌が日本にあるかを問うている、ということができます。

日本経済全体の課題
 PBR1倍割れという異常事態が日本では常態になってしまったということは、日本経済そのものが異常事態に陥っていると考えた方がいいのかもしれません。
 東証はPBR1倍割れの改善を個々の企業に求めている形ですが、企業努力は当然必要ですが、経営者の本音としては企業側の努力だけではいかんともしがたい、という思いもあるに違いありません。というのは、基盤である日本経済が成長しなければ、個別企業の成長も難しいからです。
 2012年から2022年までの日本の実質GDPの伸び率は10年間トータルで5.4%、年平均にすると、たった0.5%に過ぎません。この間はコロナ感染拡大の影響があったからという言い訳が聞こえてきそうですが、コロナ前の2008年から2018年であっても、1年平均で0.6%程度です。バブル崩壊以後の日本経済の低迷は深刻であり、人口減が必至の今後の状況はさらに厳しく、国内マーケットを主戦場とする企業にとっては、このマクロ的な状況の改善を行政側に求めます。
 一方、政府とすれば、アベノミクスの第3の矢である「民間投資を喚起する成長戦略」が不発に終わったように、財政・金融のマクロ政策には限界があります。個別企業が成長戦略を描けないことがGDP低迷の主因なのだから、個別企業にしっかりしてくれと考えているのかもしれません。
 「卵が先か、鶏が先か」の議論になってしまいそうですが、いずれにしても、このPBR1倍割れ改善は個別企業だけに責任を押し付けて解決できるものではなく、日本経済の構造問題と捉え、官民一体となって考えなければならない課題だと思います。

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