1.事案の概要
本件は、パチスロ台用モーターの製造及び販売を行っている日本法人A社が、国外関連者の香港法人B社との間でした仕入取引に関し,租税特別措置法(平成16年法律第14号による改正前)66条の4第1項が規定する独立企業間価格を算定するために必要と認められる帳簿書類等が遅滞なく提示又は提出されなかったとして,同法第7項により算定した価格を前記仕入取引の独立企業間価格と推定して計算した法人税についての更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分が,適法とされた事例です。
2.本件における主な適用法令
(1)措置法第66条の4第7項(当時)
国税庁の当該職員又は法人の納税地の所轄税務署若しくは所轄国税局の当該職員が、法人にその各事業年度における国外関連取引に係る第1項に規定する独立企業間価格を算定するために必要と認められる帳簿書類又はその写しの提示又は提出を求めた場合において、当該法人がこれらを遅滞なく提示し、又は提出しなかったときは、税務署長は、当該法人の当該国外関連取引に係る事業と同種の事業を営む法人で事業規模その他の事業の内容が類似するものの当該事業に係る売上総利益率又はこれに準ずる割合として政令で定める割合を基礎として第2項第1号ロ若しくはハに掲げる方法又はこれらの方法と同等の方法により算定した金額を当該独立企業間価格と推定して、当該法人の当該事業年度の所得の金額若しくは欠損金額につき法人税法第2条第43号に規定する更正又は同条第44号に規定する決定をすることができる。
(2)措置法第66条の4第8項(当時)
国税庁の当該職員又は法人の納税地の所轄税務署若しくは所轄国税局の当該職員は、法人と当該法人に係る国外関連者との間の取引に関する調査について必要があるときは、当該法人に対し、当該国外関連者が保存する帳簿書類又はその写しの提示又は提出を求めることができる。この場合において、当該法人は、当該提示又は提出を求められたときは、当該帳簿書類又はその写しの入手に努めなければならない。
3.当コラムにおける主要な論点
A社は、国税調査官から、独立企業間価格を算定するために必要と認められるB社の財務諸表及び取引価格算定に関する資料を提示又は提出するよう、口頭又は文書により依頼されたことから、B社から収受した見積書を提示しています。しかしながら、A社は、具体的な仕入価格算定根拠等に関する資料については、提示又は提出及び説明を行っていませんでした。この状況が、A社は独立企業間価格を算定するために必要と認められる帳簿書類又はその写しを遅滞なく提示し、又は提出したと言えるのかどうかが論点です。
4.重要な判決部分
東京地裁は、主要な論点について、独立企業間価格を算定するために必要と認められる帳簿書類等とは、国外関連者が保有するものも含め、合理的、客観的に判断してその算定に必要な帳簿書類等であり、その帳簿書類等がなければ独立企業間価格の算定ができないものを意味し、たとえ、法人が自己の独立企業間価格の算定に用いた帳簿書類等を提示又は提出した場合であっても、その用いたデータ等が不適当な場合には、独立企業間価格の算定に必要と認められる帳簿書類等を提示又は提出したことにはならないと解される、と判示しています。
控訴審の高裁判決においては、租税特別措置法66条の4第7項(当時)の趣旨について、国外関連取引に係る独立企業間価格を算定する根拠となる帳簿書類等の提示又は提出について、納税者である法人の協力を確保することにあり、移転価格税制が海外にある国外関連者との取引について、多様な要因により決定される取引価格の妥当性を問題とする制度であるから、対象となる取引価格の決定根拠や他の通常の取引価格に関する情報について、納税者から帳簿書類等の資料の提供という協力を受けることが必要であり、他方、納税者からのこのような協力が得られない場合に、税務当局が何の手だてもなくこれを放置せざるをえないということになれば、課税の適正公平な執行が損なわれる結果となることから、その実効性を担保する目的で設けられたものである、と判示しています。
最高裁では、本件は棄却、不受理となり、納税者の敗訴が確定しています。
5.本件における気づきの点
本件は、同時文書化義務が導入される前の判決です。当時の租税特別措置法においては、提出する必要のあった書類は「独立企業間価格を算定するために必要と認められる帳簿書類」と規定されています。現在は、同時文書化義務のある取引については、「独立企業間価格を算定するために必要と認められる書類」(いわゆるローカルファイルのことです。)と、また、同時文書化義務が免除される取引については、「独立企業間価格を算定するために重要と認められる書類」(いわゆるローカルファイルに相当する文書のことです。)と規定されています。納税者が調査官が指定する一定の日時までに、それら文書を提示又は提出しないときには、推定課税される虞があります。当時よりは、提示又は提出すべき文書はより特定化されていますので、現在の方が、納税者としては対応しやすいのではないでしょうか。逆に言えば、それに対応できない時には、推定課税される虞は当時よりも高まっているともいえます。
このコラムをご覧の皆様で国外関連取引が50億円を下回っている場合に、「独立企業間価格を算定するために重要と認められる書類」(ローカルファイルに相当する文書)について、60日以内に調査官が指定する日時までに提示又は提出することはできますか。納税者の皆様がローカルファイルに相当する文書を提示又は提出できない場合に、調査官はどのように事後の事務を進めるかについては、移転価格事務運営要領3-5に記載があります。順を追って淡々と進める感じが出ています。
6.参考
移転価格事務運営要領3-5(推定規定又は同業者に対する質問検査規定の適用に当たっての留意事項)について、参考に記載します。
法人に対しローカルファイル、同時文書化対象国外関連取引に係る独立企業間価格(措置法第66条の4第8項本文の規定により当該独立企業間価格とみなされる金額を含む。)を算定するために重要と認められる書類(電磁的記録を含む。以下3-5において同じ。)若しくは同条第14項に規定する同時文書化免除国外関連取引に係る独立企業間価格(同条第8項本文の規定により当該独立企業間価格とみなされる金額を含む。)を算定するために重要と認められる書類(電磁的記録を含む。以下3-5において同じ。)又はこれらの写し(以下3-6までにおいて「移転価格文書」という。)の提示又は提出を求めた場合において、当該法人から当該職員が指定する日までに移転価格文書の提示又は提出がなかったときは、同条第12項及び第17項又は第14項及び第18項の規定を適用することができるのであるが、これらの規定の適用に当たっては、次の事項に配意する。
(1) 独立企業間価格(同条第8項本文の規定により独立企業間価格とみなされる金額を含む。以下3-5において同じ。)を算定するために、移転価格文書の提示又は提出を求める場合には、法人に対し、「期日までに移転価格文書の提示又は提出がないときは、措置法第66条の4第12項及び第17項又は第14項及び第18項の規定の適用要件を満たす」旨を説明するとともに、当該説明を行った事実及びその後の当該法人からの提示又は提出の状況を記録する。
(2) (1)の提示又は提出を求める場合には、法人に対し、ローカルファイルについては45日を超えない範囲内において、また、同時文書化対象国外関連取引に係る独立企業間価格を算定するために重要と認められる書類及び同時文書化免除国外関連取引に係る独立企業間価格を算定するために重要と認められる書類については60日を超えない範囲内において期日を指定して当該提示又は提出を求める。
(注)1 当該期日は、当該法人の意見を聴取した上で当該提示又は提出の準備に通常要する日数を勘案して指定する。
2 法人に対し、移転価格文書の提示又は提出を求める場合には、ローカルファイル、同時文書化対象国外関連取引に係る独立企業間価格を算定するために重要と認められる書類及び同時文書化免除国外関連取引に係る独立企業間価格を算定するために重要と認められる書類を区分した上で、これらの書類の提示又は提出を求めることに留意する。
(3) 当該期日までに移転価格文書の提示又は提出がなかった場合には、法人に対し、「移転価格文書が期日までに提示又は提出されなかったため措置法第66条の4第12項及び第17項又は第14項及び第18項の規定の適用要件を満たす」旨を説明する。
(4) 当該期日までに移転価格文書の提示又は提出がなかったことにつき合理的な理由が認められる場合は、当該法人の意見を再聴取し、期日を指定する。
なお、再聴取して指定した期日までに移転価格文書に該当するものとして提示又は提出された書類(電磁的記録を含む。以下同じ。)があり、当該書類を総合的に検討した結果、独立企業間価格の算定ができる場合には、同条第12項及び第17項又は第14項及び第18項の規定の適用をしないことに留意する。
(注) 法人が、指定された期日までに当該提示又は提出をできなかったことにつき合理的な理由が認められる場合には、例えば、当該法人が災害によりこれをできなかった場合が該当する。
(5) 法人から移転価格文書に該当するものとして提示又は提出された書類を総合的に検討して独立企業間価格の算定ができるかどうかを判断するのであるが、当該判断の結果、当該書類に基づき独立企業間価格を算定することができず、かつ、同条第12項及び第17項又は第14項及び第18項の規定の適用がある場合には、当該法人に対しその理由を説明する。
(注) 当該書類が不正確な情報等に基づき作成されたものである場合には、当該書類の提示又は提出については、移転価格文書の提示又は提出には該当しない。
この場合には、当該法人に対し、正確な情報等に基づき作成した移転価格文書を速やかに提示又は提出するよう求めるものとする。
(6) 同条第17項又は第18項の規定を適用して把握した非関連者間取引を比較対象取引として選定した場合には、当該選定のために用いた条件、当該比較対象取引の内容、差異の調整方法等を法人に対し十分説明するのであるが、この場合には、国税通則法第126条(職員の守秘義務規定)の規定に留意するとともに、当該説明を行った事実を記録する。

石原 茂行Shigeyuki Ishihara
あがたグローバル税理士法人 顧問
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