1.事案の概要
米国法人P社の2007年度から2009年度(以下、「対象年度」といいます。)の申告について、IRSが約90億ドルの所得が海外に移転しているなどとして更正した事案です。P社は、その更正処分について米国租税裁判所に提訴しました。P社が保有する製造方法、ロゴなどの商標(以下、「製造方法等」といいます。)から生み出される利益は誰が享受すべきかが論点でした。

P社は、アイルランドなどの子会社(以下、総称して「S1社」といいます。)にP社が保有する製造方法等を使用する権利を供与していました。S1社は供与された製造方法に従って製造した清涼飲料水(以下、「製品」といいます。)を製造して、ロゴを付した上で顧客に販売していました。また、広告宣伝活動については、P社及びS1社の関連法人S2社が行っていて、その広告宣伝活動に係るS2社の費用については、費用に数パーセントをマークアップしてS1社が負担していました。P社は、S1社に対してS1社売上の10%を利益とするプライシングポリシーとしていました。その上で、残りの利益について、P社とS1社との間で50:50の割合で分割した利益をP社とS1社それぞれが得ていました。S1社はS1社売上の10%とその残りの利益の50%を、P社はその残りの利益の50%を得ていたということで、P社よりもS1社の方が合算利益の多くを得ていたと推定されます。以下、この方式を「10-50-50方式」といいます。P社が10-50-50方式を採用したのは、P社に対するIRSの1990年代における移転価格調査において、10-50-50方式によって決着していたからです。P社は、その10-50-50方式を事後も踏襲してプライシングしていたということです。
ところが、IRSは、対象年度についてはこの10-50-50方式を否定し、S1社を検証対象法人とするCPMを適用して課税しました。IRSがCPMを適用した理由は次のとおりです。S1社は、P社から供与された製造方法どおりに製品を製造する製造受託法人contract manufacturerである。製造方法等の重要な無形資産は、P社が保有している。重要な戦略的意思決定についても、P社が行っている。それらを踏まえれば、最も適切な移転価格算定手法は、S1社の営業利益率とS1社の受託製造法人としての機能リスク資産に見合った比較可能な法人が稼得する営業利益率とを比較して調整するCPMである。1990年代の調査における10-50-50方式は、その時の個別調査を決着するためのものである。P社とS1社の対象年度における事実と状況は1990年代とは変わっていて、対象年度に係る最適算定手法はCPMであるというのです。
これに対して、P社は、S1社はS2社が行う広告宣伝活動に関して意思決定していて、S2社はマーケティングに関連する無形資産を保有していることから、10-50-50方式によるべきであるなどと主張しました。
租税裁判所は、IRSの主張を認め更正処分を維持しました。S1社の広告宣伝費の負担については、グループ法人間で契約書などは存在していなかったようです。それを捉えて、S2社は受け身的な受領者でしかないと 結論づけました。P社は、控訴しています。
2.気づきの点
本件において結論を左右したのは、誰が残余利益を生み出す重要な無形資産(マーケティング無形資産)を保有していたのか、誰が重要な無形資産の形成に貢献していたのか、誰が重要な無形資産から生ずる残余利益を享受する立場にあったのかという事実及び事実の評価に関する問題です。誰が広告宣伝費を負担するのかについては、グループ法人間で契約書は存在していなかったようです。OECD移転価格ガイドライン1.42では、「取引が、書面契約によって関連者間で成立している場合、当該契約書は当事者間の取引を描写し、契約締結時に当事者の相互関係から生じる責任、リスク及び予測結果をどのように分割することが意図されていたかを描写する出発点(the starting point)となる。」と規定されています。1.45では、「取引における経済的な特徴が、関連者間の書面による契約と一致しない場合、移転価格分析のためには、一般的に、実際の取引は当事者の行動を反映させた取引に従って、描写されなければならない。」と規定されていて、当事者間の取引に関して契約書があったとしても、関連者の実際の行動が契約書に記載されている権利義務関係に係る条件などと一致していない場合には、実際の行動に従って契約関係を理解することになることが示されています。
この問題は、事実に関する認識の問題です。移転価格税制は、多くの場面において事実の評価に関する認識判断が問われることが多い税制です。日本の場合には、それは税務当局との見解の相違という表現で表されることが多いようです。移転価格税制や訴訟に対する考え方は日本と米国では違っています。対応策などについては、米国と同様の文脈で考えることはできません。しかしながら、課税された事実が一旦報道されると、顧客などに対してその説明に追われることは同じでしょう。日本においても、移転価格課税された何社かの案件は報道されています。火消しをすることは相当の労力と費用がかかります。文書化は有効な対策です。事前の対策はいくら行っても、し過ぎることはありません。
読者の皆様は、見解の相違が生ずる前の事前予防と見解の相違が生じた後の事後対策のいずれを選びますでしょうか。