今年に入って株価は急騰し、この2月、ついに日経平均株価が34年振りに史上最高値を更新しました。あの歴史に名高いアメリカの1929年大恐慌でさえ、再度の高値更新までの期間が25年でしたから、日本のバブルの異常さとその崩壊の大きさが分かります。それ以来、日本経済が低迷しているのもうなずけます。
「バブルははじけて、初めてバブルと分かる」と言われます。1989年の史上最高値は明確にバブルでしたから、それとの比較で今回もバブルではないかとの見解も見受けられます。ただ、前回のバブルを実体験した身からすると、今回はかなり様相を異にしているように思います。というのは、バブルは色々な要因が絡み合って発生するのですが、今回は前回と比較して、バブルに必須のピースである「熱狂」と「借入金」が欠けているからです。
国民を巻き込む熱狂がバブルを起こす
思い返してみると、前回のバブルの熱狂はすさまじいものでした。価格上昇の波は株式に止まらず、土地やゴルフ会員権など様々な資産に及びました。そして、自分の周囲にも、NTT株やゴルフ会員権で大儲けした人とか、購入したマンションや土地などの値上がりで膨大な含み益を抱えている人などが多くいました。1945年の敗戦から約半世紀近く、多少の浮き沈みはありながらも、基本的に一本調子で上昇してきた株価や地価は、日本の成長が止まらないのと同様に、今後とも上昇し続け、下落するはずがないとほとんどの人が信じていたように思います。「東京は世界一の金融センターになる」「23区の土地を売れば、全米が買える」などという途方もない話も、違和感なく巷で飛び交っていました。1人当たりGDPは既にアメリカを超え、この調子なら国全体のGDPもアメリカを追い越すのも夢ではないのではないかと思えるほどでした。株価も1989年の38,957円はあくまで通過点で、その先4万円、さらに5万円も近いうちに必ず来ると思い込んでいました。中にはこれは危ういと思っていた人もいたのでしょうが、私を含めほとんどの国民がこうした熱狂の中にいました。こうした熱狂が、我先にと国民を過剰な資産購入に駆り立て、バブルを形成したのです。そして、何かのきっかけで熱狂から覚めると、今度は一目散に資産売却に走り、バブルは崩壊します。バブルにはこうした熱狂が不可欠です。
それに比較すると、今回の史上最高値更新は穏やかです。証券界や株式を保有している人には過熱感があるのかもしれませんが、大多数の国民を巻き込むような熱狂は感じられません。株価上昇の直接の恩恵を受けない多くの国民は「上がるときもあれば、下がるときもある」といった冷めた感じで傍観しているように見受けられます。
借入金がバブルを拡散する
バブルの生成に不可欠な要素として借入金も忘れてはなりません。前回のバブルでは、証券会社が一定の利回りを保証した営業特金(現在は禁止されています)に力を入れていたこともあり、多くの企業で「財テク」と称した借入金を活用した株式の購入が盛んに行われていました。借入金をテコにすることで、バブルは素早く大きく膨らみますが、バブルがはじけるときはその影響は広範に拡散します。というのは、自己資本の範囲内で株式や土地の投資を行っている分には、投資で損失が出ても、自己資本内で処理可能で、他人に迷惑をかけずに済みます。ところが、借入金を利用していれば、損失が発生すると、借入金が返済不能となり、カネを貸している銀行等に損失が連鎖的に波及します。そうすると売りが売りを呼び暴落を引き起こし、ついには金融危機に発展し、経済社会全体を大きな混乱に巻き込むのです。
ところが、今回は借入で大きく投資を行っているという話は余り耳にしません。前回の教訓が効いているのかもしれません。
株価は富裕層の体温計に
このように、今回は「熱狂」と「借入金」を欠いているので、多少の調整はあるにしても、前回のような暴落は起こらないような気がします。だからといって、この史上最高値更新を機に日本が再び上昇気流に乗るというのも、それもまた違うのではないかと思います。人口減少や少子高齢化、肥大化した財政・金融など、この国の成長を妨げる根本的諸課題について解決の糸口さえ見いだせていないどころか、悪化しているように見えるからです。ここで明らかになったのは、株価と庶民生活の乖離だと思います。
かつて、「株価は経済の体温計」だといわれていました。経済の体温計であれば、株価が上昇していれば、経済は温まり、国民生活は豊かになっているはずです。しかし、国民生活に密着する経済統計を見ると、四半期GDP成長率の低迷、実質賃金の22か月連続のマイナスというように、株価上昇に相反する発表が相次いでいます。これでは株価が上昇しても、国内消費が盛り上がらないのも無理はありません。
今の状況は、株価は一般の庶民生活とは懸け離れたところで動いているように感じます。「株価は富裕層の体温計」ではあるでしょうが、「国民の体温計」にはなっていないのです。「経済の体温計」だからこそ、時の政権は株価上昇策に腐心したのですが、株価が単に「富裕層の体温計」に過ぎないとしたら、日銀による株式(ETF)購入といったような株価対策ではなく、国民生活が豊かになる経済対策が求められると思います。