個人消費がなかなか盛り上がりません。個人消費はGDP(国民総生産)の大よそ6割を占めますから、個人消費が活性化しなければ、GDPも増えません。そこで、政府は個人消費を増やすべく様々な対策を打っています。その大きな柱はマクロ経済対策としてのデフレからの脱却とミクロ面からの賃上げ要請です。
デフレからの脱却と賃上げ
アベノミクスのスタート時ではマクロ経済対策としてのデフレ脱却に大きな比重が置かれていました。デフレ脱却さえ果たせれば、消費は盛り上がり、経済は回復軌道に乗ると考えられていました。物価をコントロールする役目は日銀にあるとされていましたから、経済再生の主役の座は日銀に割り当てられていました。しかし、その主役の働きが期待ほどではありません。9月に発表された「総括的検証」に見られる通り、金融政策だけでデフレから脱却することは不可能だというのが、大方の共通認識となっています(依然として金融の量的緩和の有効性を主張する強硬なマネタリストはいますが)。
そこで新たにスポットライトを浴びるのが賃上げです。政府は経済団体に今年も強力に賃上げを要請しています。賃金は本来民間企業が決めることであり、そこに政府が介入することの良し悪しは別として、企業としてはこの賃上げ要請をどのように受け止めたらいいのでしょうか。
賃上げの論理
政府は賃上げの理由を次のように説明します。賃上げをして個人所得が増えれば、個人消費が活性化し、企業の売上が増加し、その結果、利益が増える経済の好循環に入るのだから、賃上げは最終的に企業のためになる。また、財源面からも、企業の内部留保は空前に積み上がっており、内部留保から賃上げができるはずだ。さらに、法人税率を引き下げ、今後も賃上げをした企業の税率引き下げも検討しているから、財源はあるはずだ、と。
財源論の妥当性
まず、財源論から考えてみましょう。内部留保からの賃上げ論には首を傾げざるをえません。なぜなら、内部留保は損益計算書の結果である当期純利益の集積であり、内部留保から直接、賃金(給与)を支払うことはできないからです。賃金は損益計算書項目で、内部留保は貸借対照表の純資産項目です。その両者は損益計算書の当期純利益を媒介としなければつながりません。つまり、賃金を払い、損益計算書の最終利益である当期純利益を赤字にすることにより初めて内部留保が減少します。いくら内部留保が豊富でもこのルートからの賃金支払いに経営者が躊躇するのは当然です。
また、法人税率を引き下げた、あるいはこれから引き下げるから、賃上げできるだろうという理論は、賃金(給与)も法人税も損益計算書項目ですから、内部留保理論に比べれば、まだ合理的だと言えますが、損益計算書を利益から作ろうとしている点に違和感を覚えます。損益計算書は下(利益)からではなく、上(売上)から作るものです。売上が増えるから、賃金を増やし、その結果利益が増加し、税金を払い、残った利益を株主分配に回し、さらに残った利益が社内留保として蓄積される、というのが自然な流れです。税率を下げたことにより増加した利益は、損益計算書を下に流れ、株主分配と社内留保を増やすことは無理なくできます。しかし、この利益で賃金を増やすためには損益計算書を逆流しなければならず、不可能ではありませんが、相当な力が必要になります。
賃上げが消費を促すか
では、賃上げすれば労働者の所得が増大して、消費が活性化し、それにより売上が増大するという考え方に妥当性があるでしょうか。
消費不振の原因には大きく二つが考えられます。一つは言うまでもなく所得の不十分さであり、もう一つは年金や医療等の将来不安のために現在の消費を抑制するというものがあります。消費不振の主因が所得不足にあるなら、賃上げは消費を喚起するでしょうが、将来不安が主な要因だとすれば、たった数%の賃金増加が消費を刺激するとは思えません。
賃金が先か消費が先かという議論は、鶏と卵の議論のようなところがあり、様々な論争がありますが、やってみなければ分からないというのが正直なところだと思います。経営者とすればそんな不確定な見込みに基づいて容易に賃上げすることには踏み切れないでしょう。
政府には是非、損益計算書の下からではなく、上から賃上げできる環境を整えてほしいものだと思います。