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「日銀は主導権を持って利上げができるか」

2023/08/01

 前回、物価高にも関わらず、日銀が金利政策を転換しないのは、日本のいくつかの経済主体が金利上昇に耐えられないからだ、ということを述べ、その代表的な経済主体として国家財政、日銀、変動金利の住宅ローン利用者を取り上げました。他国はどうあろうと、中央銀行が自国に最も適していると考えられる金融政策を選択するのは、当然です。その意味で、現在、日銀が重視すべき経済主体は、物価高に苦しむ庶民ではなく、国家財政や日銀、変動金利型住宅ローン利用者などだと判断した結果が、緩和政策の維持であるということになります。

 今は、そうした価値判断の下に、日銀が低金利政策を好ましいと判断し、実際にそれを選択しているのですから、いわば、日銀が主導権を持って金利をコントロールできている状況です。コントロールできているうちはいいのですが、日銀の意に反し、金利上昇に追い込まれる事態も考えられます。

 

「良い金利上昇」と「悪い金利上昇」

 金利はマネーの価格ですから、終局的にはマネー需給で金利は決まり、今の低金利は豊富な国内貯蓄が支えています。過大だといわれながら低利で国債が発行できるのは、国内貯蓄が潤沢に存在するからです。

日銀が描く金利上昇シナリオは、賃金と物価がともに上昇するインフレで「経済の好循環」を実現させることで、企業の資金需要が活発化し、金利が上昇するというものです。これは「良い金利上昇」といっていいでしょう。よい金利上昇の下では、GDPも個人所得も増加していますから、高金利が逆風になる経済主体も金利上昇に耐えられると想定されます。

 一方、「悪い金利上昇」の危険性もあります。それは景気が停滞したまま、企業の資金需要は回復せず、マネーの供給源である国内貯蓄が減少することにより生じます。政府の財政赤字は拡大が必至ですから、その資金需要を国内貯蓄で賄えなければ、金利は上昇するでしょう。これは景気低迷下での金利上昇ですから、経済にかなり厳しい打撃を与えます。では、どういう場合に国内貯蓄は減少するのか、考えてみます。

 

国、企業からの資金漏出

 政府が財政赤字を賄うために国債を発行すると、政府は資金を手にします。その後の取引がクローズドの国内取引に終始すれば、その資金が誰のものになろうと、国内で移動するだけですから、国内貯蓄は減りません。しかし、そこに、国外相手の取引が加わると、国内貯蓄は減少する可能性があります。その資金漏出ルートとして、以下の3つが考えられます。

 第一は国レベルです。国債発行で手にした資金で、政府は様々な施策を行いますが、国民に対して医療や社会保障の支出をしたり、国内事業者に公共投資を発注したりしている限り、資金は国内に留まります。しかし、海外から物品を購入すれば、資金は海外に流れます。政府は防衛費を増やし外国製兵器購入を予定していますから、このルートの資金漏出は拡大することが予想されます。

 第二は企業レベルです。海外から製品を購入すれば、資金は出ていきます。その流出を補う輸出の増加があればいいのですが、最近は以前ほど輸出の伸びが顕著ではありません。近年は、エネルギーや食料等の輸入拡大で貿易赤字が拡大する傾向にあります。

 

怖いキャピタルフライト

 そして、最後に、今最も注目されるのが、個人レベルでの貯蓄流出です。個人が国内で預金をし続ける限り、国内貯蓄は減りません。これまではどんなに金利が低くなっても、個人貯蓄が減らず、日本の低金利を下支えしていました。その原因は日本人の保守性もあるでしょうが、経済的合理性もありました。というのは、デフレ下ではどんなに金利が低くても、消費するより貯蓄の方が有利だったことに加え、諸外国の金利も日本ほどではないにしても相当低かったからです。しかし、その状況は劇的に変わっています。

今、日本は数十年ぶりのインフレですから、ゼロ金利では預金の実質的価値は目減りしていきます。また、アメリカをはじめとした海外主要国はインフレ抑止のために金融引き締めに転じていますから、日本よりはるかに高い金利をつけるようになっており、低金利を継続している日本から見ると海外の金利は魅力的に映ります。確かに為替リスクは存在しますが(リスクは為替の動向次第では利益に転じることもあります)、個人が国内貯蓄に見切りをつけ、海外に資金を流出させようとする動きが出てくるかもしれません。いわゆる「キャピタルフライト」です。

第一と第二のルートは必要なモノを買うことに伴い発生する資金流出ですから、限度があります。ところが、キャピタルフライトは投資(あるいは投機)ですから、個人の思惑次第でいくらでも膨らみます。現在はキャピタルフライトが顕在化しているという状況ではありませんが、日本人は同調性が高い国民といわれていますから、いったん火が付くと意外に大きなうねりとなるかもしれません。そうなると、貯蓄不足から追い込まれての金利上昇といった事態になることが懸念されます。

 

 いつまでも異次元の金融緩和を続けるわけにはいきません。どこかで金利上昇を伴う金融正常化に踏み出さなければなりません。そのときの金利上昇が、日銀が主導権を握ったままの余裕を持ったものなのか、あるいは追い込まれた窮余の策なのかで、日本経済は大きく変わります。「悪い金利上昇」を避けながら「良い金利上昇」に導けるのか、植田日銀のかじ取りが注目されます。

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